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アレオパゴスの祈り

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アレオパゴスの祈り 2016年10月 1日


 秋明菊とマリア像


教皇フランシスコは、昨年、回勅『ラウダート・シ』を発表し、日本でも翻訳されたものが今年の8月に出版されました。この回勅は、環境問題だけを取り扱っているのではありません。もっと根本的な問題について、ふり返るようわたしたちを招いています。「何のためにわたしたちはこの世に生まれてきたのか。何のために働き、苦労するのか。なぜこの世界はわたしたちを必要としているのか」というように、わたしたち人間の存在について、問いを投げかけています。今日は、回勅の中で記されている教皇様のメッセージに耳を傾けながら、ごいっしょに祈ってまいりましょう。

わたしたち一人ひとりが心に抱いている意向、祈りを必要としている人々を父である神の御手にゆだねて、しばらく思い起こしましょう。

(沈黙)

お祈りしたい意向を心の中にたずさえて、ローソクをささげましょう。後ろでローソクを受け取り、祭壇にささげ、席にお戻りください。

ここに集まったわたしたちが、この祈りの時間をよく過ごすことができますように主の恵みを求めて、歌いましょう。

『祈りの歌を風にのせ』No.41「主よ わたしは今ここに」3回くり返す

聖フランシスコが歌った「太陽の賛歌」の一部を聞きましょう。

わたしの主よ、あなたはたたえられますように。
造られたものすべて とりわけ、兄弟、太陽と共に。
太陽は昼を治め、その光であなたはわたしたちを照らします。

太陽は美しく、燃えるように輝き、
この上なく高い方、あなたの姿を現します。

わたしの主よ、あなたはたたえられますように、姉妹、月と星によって。
あなたは、空に月と星々を明るく、気高く、
美しく造られました。

わたしの主よ、あなたはたたえられますように、兄弟、風によって。
また、空気、雲と晴れ渡った空、あらゆる天候によって。
これらを通して、あなたはお造りになったものを支えられます。

わたしの主よ、あなたはたたえられますように、姉妹、水によって。
水は、益多く、謙遜であり、貴重で、清らかです。

わたしの主よ、あなたはたたえられますように、わたしたちの姉妹、母である大地によって。
大地は、わたしたちを養い、導く。
また、さまざまの実と色とりどりの草花を生み出す。

わたしの主よ、あなたはたたえられますように、
あなたへの愛のゆえにゆるし、病いと苦しみを耐え忍ぶ者によって。
平和のうちに耐える人は幸い。
その人は、この上なく高い方、あなたから栄冠を受けるでしょう。

わたしの主よ、あなたはたたえられますように、わたしたちの姉妹、体の死によって。
生きる者誰一人、この姉妹から逃れられません。
大罪のうちに死ぬ人々は、災い。
あなたの至聖なるご意志のうちに、この姉妹を見出す人々は幸い。
第二の死も、この人々を害することはできない。

わたしの主をほめたたえなさい。
主に感謝し、深くへりくだって、主に仕えなさい。      (渡辺義行師o.f.m.訳)

回勅『ラウダート・シ』を聞きましょう。
「わたしの主よ、あなたはたたええられますように」。この美しい賛歌のことばによって、アッシジの聖フランシスコは、わたしたちに思い起こさせます。わたしたち皆がともに暮らす家は、わたしたちのいのちを分かち合う姉妹のような存在であり、わたしたちをその懐に抱こうと腕を広げる美しい母のような存在であるということを。

この姉妹は、神から賜ったよきものをわたしたち人間が無責任に使用したり、濫用することによって生じた傷のゆえに、今、わたしたちに叫び声を上げています。わたしたちは自らを、地球をほしいままにしてもよい支配者や所有者とみなすようになりました。罪によって傷ついたわたしたちの心に潜む暴力は、土や水や大気、そしてあらゆる種類の生き物に見て取れる病的兆候にも映し出されています。こうして、重荷を負わされ荒廃させられた地球は、見捨てられ虐げられた最も貧しい人々に連なっており、「産みの苦しみを味わって」(ローマ8.22)いるのです。わたしたちは自らが土の塵であることを忘れてしまっています(創世記2.7)。わたしたちの身体そのものが地球の諸元素からできています。わたしたちは地球の大気を呼吸し、地球の水によって生かされ、元気をもらっているのです。

聖フランシスコは、傷つきやすいものへの気遣いの最良の手本であり、キリスト者でない人々からも大いに愛されています。彼はことのほか、被造物と、貧しい人や見捨てられた人を思いやりました。飾ることなく、神と、他者と、自然と、自分自身との見事な調和のうちに生きた神秘家であり、巡礼者でした。彼が太陽や月や小さな動物を見つめるときは、いつも歌があふれ出し、他の被造物すべてをその賛美に巻き込むのです。彼は、被造界全体と心が通じ合っており、花々にさえ、「まるでそれらに理性があるかのように、……主を賛美するよう」説教しました。
                  (教皇フランシスコ、回勅『ラウダート・シ』No.1~2、10~11より一部引用)

 『ラウダート・シ』
回勅『ラウダート・シ』
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わたしたちはだれも自ら望んで、この世に生まれてきたわけではありません。父である神がわたしたちの存在を望まれ、神の姿に似たものとして、創られました(創世記1.26~27)。神に愛され、この世に生まれてきたわたしたちは、神の子どもです。今、わたしがしているこの呼吸を意識してみましょう。ゆっくり吸って、ゆっくり吐きましょう。もう一度、ゆっくり吸って、ゆっくり吐きましょう。吸うときに、神の息吹である聖霊、神の愛がわたしの体の中に入り、わたしを満たしてくださいますように。息を吐くとき、神へのわたしの愛が、神のもとへ届きますように。そのことを思い起こしながら、しばらくゆっくりと呼吸を続けましょう。

息を吸って、吐く……。この単純なことを、わたしたちは絶えず行っています。そうしなければ、生きていくことはできません。空気があるからこそ、わたしたちは呼吸をすることができます。与えられたいのちに感謝して、祈りましょう。

『パウロ家族の祈り』p.318、後ろから3行目の祈りをごいっしょに唱えましょう。
   わたしの主、わたしはまったく全能の愛のみわざです。
   唯一にして、三位の神、わたしはあなたを礼拝します。
   あなたの幸いにあずかり、永遠のみ栄えとなるために、
   わたしをお造りになったことを感謝します。
   あわれみの力をもって、わたしを救ってください。

   天のいと高きところには神に栄光、善意の人々に平和。
   道・真理・生命である師イエス、わたしたちをあわれんでください。
   使徒の女王聖マリア、わたしたちのために祈ってください。

回勅の教皇のことばを聞きましょう。
聖フランシスコの弟子であった聖ボナヴェントゥーラはわたしたちにこう語ります。「すべてのものの根源的な源に思いをはせるとき、フランシスコはあふれるような敬虔さに満たされ、どんな小さなものでも、あらゆる被造物を自分の兄弟・姉妹と呼んだ」。そうした確信は、わたしたちの行動を決定づける選択に影響を及ぼすものであり、それゆえ純朴なロマン主義とはみなされません。もし、わたしたちが、畏敬と驚嘆の念をもたずに自然や環境に向かうなら、世界との関わりにおいて友愛や美しさに対することばを口にしなくなるなら、わたしたちの態度は限度を設けることなく、当面の必要を満たそうとする支配者、消費者、冷酷な搾取者の態度になるでしょう。これとは対照的に、もし存在するすべてのものと親密に結ばれていると感じるなら、節制と気遣い(ケア)がおのずとわき出てくるでしょう。聖フランシスコの貧しさと節制は、禁欲生活の単なる外観ではなく、はるかに徹底したものです。

キリスト教の霊性は、節度ある成長とわずかなもので満たされることを提言しています。それは、人生の中で与えられる可能性を感謝するために、自分が所有するものへの執着を捨てるために、ないことを悲しみくじけることのないように、小さなことに立ち止まってそれを味わうことができるようにしてくれる、あの素朴さへと立ち帰るということです。それには、支配の力学と、また単なる快楽の蓄積とを避けることが求められます。

そうした節制は、自由にそして意識的に生きられるならば、解放をもたらします。それは劣った生き方でも、刺激に欠けた生き方でもありません。最も単純な物事に親しむことを学び、また、それらをどう味わうかを学びつつ、それぞれの人や物事をありがたく思うとはどのようなことであるかを体験します。そして、そのような人は満たされることのできない要求を減らすことができ、執着や不安を捨てることができるのです。         (同上書No.11、222、223より一部引用)

わたしたちはだれしも、心の中にいろいろな欲求があります。それらは人間として生命を維持するために、必要なものです。しかし、それらは一度満たされても、また欲求不満になるということをくり返しています。人間は限界のある存在でありながら、わたしたちの心は無限であるのは不思議なことです。この満たされることを求める無限の領域である、わたしたちの心を満たすには、最終的には神との関わりが大切になってきます。それによって、執着や不安から、時間はかかっても、少しずつ解放されていくことができます。しばらく沈黙のうちに祈りましょう。

(沈黙)


 聖堂


わたしたち一人ひとりが、置かれた場所で、神である御父に信頼して生きることができますようにと祈りましょう。
   全能の神よ、
   あなたは、宇宙全体の中に、
   そしてあなたの被造物のうちで最も小さいものの中におられます。
   あなたは、存在するすべてのものをご自分の優しさで包んでくださいます。
   いのちと美を守れるよう、あなたの愛の力をわたしたちに注いでください。

   貧しい人々の神よ、
   あなたの目にはかけがえのないこの地球上で見捨てられ、
   忘れ去られた人々を救い出すため、
   わたしたちを助けてください。

   貧しい人々と地球とを犠牲にし、
   利益だけを求めている人々の心に触れてください。
   正義と愛と平和のために力を尽くすわたしたちを、
   どうか勇気づけてください。アーメン。
                  (同上書No.246より、一部省略)

この祈りの時間にいただいた恵みを沈黙のうちに感謝しましょう。

(沈黙)

『祈りの歌を風にのせ』p.43「地球家族」① ③

祈りましょう。
   貧しい人々、弱い人々とともにいてくださる父なる神よ、
   この地球上で苦しんでいる人々を助けることができるよう、
   わたしたちをお使いください。

   愛そのものであられる神よ、
   地球上のすべての被造物を愛することができるよう、
   この世界でのわたしたちの役割をお示しください。

   聖フランシスコの取り次ぎを願うわたしたちが、
   あなたのゆるしを受け、
   わたしたちの共通の家全体にあなたのいつくしみを運ぶことができますように。
   わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
   +父と子と聖霊のみ名によって。アーメン。

これで今晩の「アレオパゴスの祈り」を終わります。



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