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教会カレンダー

A年 年間第32主日

第1朗読 知恵の書 6章12~16節

第2朗読 テサロニケの信徒への手紙一 4章13~18節

福音朗読 マタイによる福音書 25章1~13節

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典礼は、今日から「終末主日」と呼ばれる期間に入ります。ですから、主日、週日の典礼は終末的色彩が濃くなっています。

教会は、この期間に主の来臨に対する心構えを教えます。

主が訪れるとき、みなさんはどのようにお迎えしたいですか。

パウロ家族の創立者アルベリオーネ神父は、聖体訪問が師キリストとの完全な愛の交わりを先取りするところから、これにかなりの終末的意味合いを与え、こう言っています。「わたしは毎日イエスを訪問しにいった。みもとにいこうとしている今、イエスがわたしを迎え入れられ、ご自分を示され、ご自分を明らかに見せられ、そして、顔と顔を合わせて彼を見るようになるという確信がある。わたしはいつもみ顔とその霊とその愛とを捜し求めた。彼はわたしを遠ざけられはすまい」と。

花婿キリストの訪れのときがいつになるか知ることはできませんが、聖体訪問をしながら決定的な主キリストとの出会い、訪れを祈ってはいかがでしょうか。

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第1朗読では、知恵の書が読まれます。「ソロモンの知恵」とも呼ばれるこの書は、旧約聖書に含まれている教えをまとめた旧約聖書の結びの書です。新約にいたるための最終的準備となっているものです。

知恵の書の分け方はいろいろあります。一つをご紹介すると、
(1)終末の書 1.1~6.8
(2)本来の知恵の書 6.9~10.21
(3)神の義と人の愚かさについての書 11.15~15.19
(4)歴史の書 11.1~14、16.1~19.22
となっています。

今日、朗読される箇所は、(2)に属し、知恵の起源を示す第1部、知恵の讃美を歌っています。
 神の内にあって、神から発する知恵が擬人化されて描かれています。知恵は愛する人に進んで自分を現し、求める人には知恵を見いだすようにされます。

主の訪れを、この知恵の姿の中に眺めます。

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第2朗読では、引き続き「テサロニケの信徒への手紙」を読んでいきます。この手紙の中に書かれているパウロの終末の教えは重要です。

この時代は、終末が近いという期待に満ちていました。テサロニケの信徒たちは、このような中で、主を待ち望みながら世を去った人びとはどうなるのかと質問します。パウロは、この人びとも例外なく主に伴われて婚宴の席に着き、いつまでも主と共にいるようになると答えます。

主と共にあり続けることこそ、まさにパウロの訴えている救いの完成なのです。

あなたは、何を信じてキリスト者としての生活を送っていますか。これについて、自ら問う1日としたらいかがでしょうか。

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福音は、花婿を出迎えるおとめのたとえです。これは、当時夜に結婚式が行われた慣習が背景になっています。

花嫁の付添人であるおとめたちは、明るいうちに花嫁の家に集まり、松明が長持ちしないので火をつけないままで、花婿の到着を待ちます。花婿が、花嫁を迎えるために到着すると、火をともし、花嫁と共に花婿の家に行き、結婚式に参列していました。花嫁の近親者たちに贈るプレゼントで議論がふっとうし、このたとえのように、花婿の到着が遅くなることがたびたびありました。到着が遅れれば遅れるほど、花嫁には名誉になったということです。

このたとえは、危機のたとえの一つです。婚礼の日が来て、祝宴の準備も整いました。花婿はいつ訪れてくれるか 「その時」を知ることができないのですが、「その時」は必ず訪れます。「その時」は、花婿と一緒に婚宴の席に着く、喜びの時です。

花婿の到着の歓呼の調べを聞き漏らさない人だけが、灯火を整え、出迎えに行くことができるのです。「その時」は、突然に訪れるのです。

婚礼は、花婿の両親の家に入ることで頂点に達し、終了します。

キリストの訪れの“時”を迎えるのに求められるのは、「神に導く知恵」なのでしょうか。この知恵を呼び求める1日としたいものです。
 キリストの決定的な訪れを、希望のうちに祈るために助けとなる聖体訪問をしてはいかがですか。

祈り

全能の神よ、
  あなたは人類の歴史に働きかけ、
  すべてを完成に導いてくださいます。
  主が来られる日を待ち望んでここに集まるわたしたちの目を開き、
  今この時に必要なことを見極める知恵をお与えください。
集会祈願より

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第1朗読 知恵の書 6章12~16節

知恵は輝かしく、朽ちることがない。
知恵を愛する人には進んで自分を現し、
探す人には自分を示す。
求める人には自分の方から姿を見せる。
知恵を求めて早起きする人は、苦労せずに
自宅の門前で待っている知恵に出会う。
知恵に思いをはせることは、最も賢いこと、
知恵を思って目を覚ましていれば、
心配もすぐに消える。
知恵は自分にふさわしい人を求めて巡り歩き、
道でその人たちに優しく姿を現し、
深い思いやりの心で彼らと出会う。

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第2朗読 テサロニケの信徒への手紙一 4章13~18節

兄弟たち、
既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、
ぜひ次のことを知っておいてほしい。
イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。
神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。

主の言葉に基づいて次のことを伝えます。
主が来られる日まで生き残るわたしたちが、
眠りについた人たちより先になることは、決してありません。

すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、
主御自身が天から降って来られます。
すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、
それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、
彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。

このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。
ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい。

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福音朗読 マタイによる福音書 25章1~13節

〔そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。〕

「天の国は次のようにたとえられる。
十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。
そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。

愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。
賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。
ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。

真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。
そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。
愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。
『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』

賢いおとめたちは答えた。
『分けてあげるほどはありません。
それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』

愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、
用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。

その後で、ほかのおとめたちも来て、
『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。
しかし主人は、
『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。

だから、目を覚ましていなさい。
あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。

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