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第144回 罪の種類


3 罪の種類

「罪の種類」というタイトルを見ると、ぎょっとしませんか。「えっ、罪には、種類があるのですか?」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。残念ながら、人類は、生き続けて罪を重ねてきたので、倫理を教える学者の方々は、罪の種類を分類なさっているようです。この『カテキズム』の中でも、「罪の種類は実に多く」と書かれています。

聖書には、罪について書かれているところは多いのですが、ガラテヤの信徒への手紙の中で、パウロは「霊の実」と「肉のわざ」とを対比させて、罪を列挙しています。

「肉のわざは明かです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像崇拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです」と書かれています(ガラテヤ5.19~21参照)。

「ガラテヤの信徒への手紙」は、パウロによって書かれたものです。ここで「肉」というのは、神の霊に導かれていない自己中心の人間を指しています。自己中心の人間は、ますます神から離れていきますから、その人間のわざは、上記にパウロが列挙したようなこととして現れてくる、とパウロは「霊の実」との対比で書いているのです。

しかし、ここに列挙されている言葉は、当時のギリシア世界の風習と深くかかわっているものもありますから、現代の私たちの社会で意味することとはだいぶ違った面もありますから、その点は注意を要します。

罪は、次のように区別されます。
その対象によって。
また、どの掟にそむいているかによって。
神に背く罪、隣人に背く罪、自分自身に背く罪によって。
精神的罪と肉体的罪によって。
思いの罪、言葉の罪によって。
行いによる罪と怠りによる罪によって。

この罪の区別については、分かりやすいと思います。以前は、行いによる罪が強調されていましたが、現代では「怠りによる罪」、つまり、行わなかったことによって犯す罪についても深められてきました。ですから、ミサの開祭で、「神と兄弟のみなさんに告白します」と唱えた後で、「思い、言葉、怠りによって罪を犯しました」と言っているのです。

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