home>シスターのお薦め>お薦めシネマ>顔

お薦めシネマ

バックナンバー

 顔

2000年8月

顔

  • 監督:阪本順次
  • 出演:藤山直美、牧瀬里穂、渡辺美佐子、岸辺一徳、
       豊川悦司、大楠道代

1999年 日本映画 123分


今回は、『どついたるねん』『鉄拳』『傷だらけの天使』などピュアで泥臭い男たちを主人公に、アウトローの鮮烈な生き様を描いて高い評価を得ている阪本順次監督が、はじめて女性を主人公にしました。主人公吉村正子役を演じるのは、圧倒的な存在感を放つコメディエンヌ藤山直美。「等身大の血のかよった人間」を表現することにかけては互いに譲らない二人の競演による『顔』は、この夏の話題作です。

物語

母(渡辺美佐子)が営むクリーニング店の2階で、長女正子(藤山直美)は、一日中、部屋に閉じこもりっぱなしでミシン掛けをしています。仕事は洋服のかけはぎ。友人も恋人もなく、テレビや漫画本に夢中になるだけの日々を送っていました。内向的な性格、いわゆる「ひきこもり」症候群です。

彼女とは何もかもが対象的な妹 由香里(牧瀬里穂)は、都会でホステスをしています。久しぶりに実家に立ち寄った妹は、子供の頃から疎ましく思っていた姉に、「いっぺん入院したらええわ」と辛らつな言葉を投げつけます。この言葉に正子は半狂乱になり、後先も考えず家を飛び出し、あてもなく電車に乗ります。そのとき正子は靴を履いていなかったのです。「靴下でどうしたの?」声をかけてくれた名も知らぬ男性(佐藤浩市)に正子は淡い恋心を抱きます。

家に戻り、再び静かな生活が戻りました。そんなとき母親が急死してしまいます。通夜にも出ず、悲しみに暮れる妹とその恋人の前で、家族を捨てた父のことを口にする無神経な正子に、あぜんとしいらだった妹は、「子供のときから、お姉ちゃんのこと恥ずかしかった。」と罵(ののし)ります。そんな妹への憎悪が爆発した姉は、妹を殺してしまいます。

正子は香典を手にし、35年閉じこもった家を出ます。そんなとき、阪神大震災が起こるのでした。災害は皮肉にも正子の逃亡を助けることになり、彼女は逃げ延びて新しい生活をはじめます。

 

逃亡生活中に出会ったホテルの経営者(岸辺一徳)、スナックのママ(大楠道代)やその弟で半端なやくざ(豊川悦司)、正子に思いを寄せるスナックの客(國村準)とその妻(早乙女愛)など、さまざまな人々との出会い、さらには淡い恋心を抱いた男性との再会を通して、正子は自分だけの世界から少しずつ外の世界へと触れていくことになるのでした。

はじめは何かをたずねられても、うなずくだけだった正子が、逃亡生活中さまざまな人たちとの出会いやかかわりをとおして、自分の考えや思いを伝えるようになっていきます。

正子の内向的な性格は、どうも家族関係に起因しているようです。特に家族を捨てた父への思慕から、再び取り戻すことはできない時間を正子は必死に取り返そうとしているように見えました。

「おとうちゃんは、泳げなかったらそれでいい、自転車に乗れなかったらそれでもいい、無理をすることはないって言ったけど、本当は私、泳ぎたかったし自転車にも乗りたかった。」と。失った何かを必死で探し求める子供のように、正子は逃亡生活で出会った男たちから自転車乗りや水泳を習うのでした。正子のこの姿から、不器用ながら決してあきらめないで、生きていこうする力強さと生きている実感が感じられました。

人との出会いは、時には喜び、怒りや悲しみなど、さまざまな感情を呼び起こし、人との触れ合いで正子の世界は広がっていきます。正子は今、自分の足で歩くことの実感と、生きる喜び、尊厳を知っていくのでした。しかし一方では、震災に紛れていた殺人事件が再びクローズアップされ、正子は警察に追われるようになります。

悲しいことに正子のこの変化は、妹殺しの逃亡生活がきっかけでした。自分を偽って生きるところからスタートしているのです。家族とともに過ごしていた時に、何らかの手当ができなかったのかと悔やまれるところです。しかしこの映画は、苦しく切ないだけではありません。天才喜劇役者 藤山寛美さんを父に持ち、今は日本一のコメディエンヌとまで評される藤山直美が正子を演じています。笑いと涙、ユーモアにあふれています。この夏お薦めの、日本映画です。

▲ページのトップへ