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 アレクセイと泉

2002年2月

A fountain

アレクセイと泉

  • 監督:本橋成一
  • 音楽:坂本龍一
  • 出演:ナンニ・モレッティ、ラウラ・モランテ、
       ジュゼッペ・サンフェリーチェ

2002年 イタリア映画 1時間39分

  • 2002年ベルリン国際映画祭正式招待作品
 14年の歳月が流れた。
 僕はその日を憶えている。
 1986年4月26日、ジャガイモを植えて、
 家に寄ったときに始まった。
 強い風が吹いた。
 空がオレンジ色になり、ホコリが舞い上がって、風で塀が揺れた。
 小雨が降ってきて、あっという間に止んだ。
 僕たちは、それについて何も知らなかった。
 4月26日の夕方のことだ……。
 

1986年4月26日、旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で爆発事故があり、180キロ 離れたベラルーシ共和国は、風下だったため大きな被害を受けました。ベラルーシ共和国にある小さな村ブジシチェ村も、すべてが汚染されました。政府から移動勧告が出され、600人の住人のほとんどが村を去っていきました。今、この村は行政上は抹殺されています。しかし、村を離れなかった人々がいました。55人の高齢者と1人の青年アレクセイです。

ブジシチェ村は自給自足の貧しい村です。リンゴやジャガイモを育てる農地も、村人たちの大好物のきのこが取れる森も、すべて放射能で汚染されてしまいました。しかし、一か所だけ、汚染されていない不思議な場所がありました。村の中心にある泉です。村人たちは、この泉から水を汲み、洗濯をし、泉の周囲で祭を行い、泉は村人たちの生活の中心となっています。村人たちは、この泉を「百年の泉」と呼んでいます。雨や雪が大地にしみ込み、百年以上たって再び地表に湧いてくる……というのです。

この村でただ一人の青年アレクセイは34歳。父(75歳)と母(70歳)との3人暮らしです。兄は村を離れ、町で家庭を持っています。アレクセイは小児麻痺の後遺症が残っており、それもあって村に残ったのかもしれません。

アレクセイは言います。
   村で生まれた者は、たとえ町へ出て行っても、いつも村に心を寄せている。
   運命からも、自分からも、どこにも逃れられない。
   だから、僕もここに残った。

監督は写真家の本橋成一氏。1991年からチェルノブイリの被災地に通いはじめ、1997年に初監督した「ナージャの村」が、多くの賞を受賞しました。今回は、一人の青年と老人たちが住む、ゆっくりとした時間の流れの中の貧しい村で、一年間にわたって、彼らの生活をじっくりと撮影しました。

      *     *     *     *    *

村の年寄りたちは、力仕事や、収穫のときのコンバインの運転など、何かあるとアレクセイの助けを求めます。彼がいなくては、農作業を続けることができません。この村は、昔から助け合って農作業をしていました。アレクセイは、当然のことにように、老人たちに力を差し出しています。

夏の収穫

ジャガイモの収穫は、村で一番忙しい季節。どの家庭でも、村から出ていった子どもや孫たちが手伝いに来て収穫します。アレクセイの家にも、兄や甥が手伝いにやってきました。馬の力を借りて田を掘り起こし、土の中から出てきたジャガイモを、一つ残らずカゴに集めます。ジャガイモは、家畜と人間の大切な食料として 床下に保存されます。

泉の洗濯場

雪の日も、村人たちは、毎日水を汲みにきます。力がなくなって水が汲めなくなったら、それは死を意味します。泉の横には、泉から水を引いた洗濯場があります。小さなプールのような池の上に板を渡し、その板の上で、足を使って衣類を洗い、すすぎます。ここは、女たちのコミュニケーションの場です。

木枠が腐ってきて危なくなったので、女たちは、木枠を作り直して欲しいと男たちに頼みますが、男たちには、もう体力がないので先延ばしにしていました。それでも、10年ぶりに、町から司祭が来ることになり、男たちは力を合わせ、洗い場の木枠を新しくすることにしました。

修理をする5人の男たちの平均年齢は71歳。斧と鋸だけを使って、器用に枠を作っていきます。木枠を修理する男たちの知恵は、すばらしいものです。しかし、この修理も、もう最後になるでしょう。

収穫祭

8月最後の日は、収穫祭です。ブジシチェ村に、司祭がやってきました。毎日汲んでいる泉は、聖なる祈りの場でもあります。泉のふちには、十字架がたっており、泉と、泉に水を汲みに来る村人を守っています。

司祭は祈ります。
   この泉の聖なる水が、困難な場所に住んでいるあなたたちに力を与えるように。
   悲しみの大地、故郷のこの大地で暮らせるように。
   この泉の水を、喜びと希望と共に飲んでください。
   泉の水は、肉体と精神の患いを癒すでしょう。

司祭は、村人を、チェルノブイリの聖母にゆだねて祈ります。そして、村人に泉の水を振りかけて清めます。泉の水は、村人たちの心と体を癒す大切な水なのです。

      *     *     *     *    *

ブジシチェ村の美しい自然。ここが放射能に汚染されているなんて、誰が思うでしょう。水汲み、洗濯、農作業、家畜の世話、糸紡ぎ、機織り、リシーチカの瓶詰め、パン作り……、泉での礼拝、村人たちの厳粛な祈り、祭での楽しい踊り、祝いのウォッカ……、色とりどりのスカーフで着飾る女たち、老夫婦の語らい。

アレクセイ自身の淡々としたナレーションを聞きながら、美しいブジシチェ村の自然を映し出す映像の世界に入り込み、私も村で生活しているような気持になりました。それにしても、高齢の村人たちは、いつまで元気で暮らせるのでしょうか。

雪の中、今日も、村人は泉に水を汲みに来ます。泉の底は、モコモコと砂を舞い上げて水が湧いています。そう、人間の成した業によって汚染された大地の中で、泉だけは、汚れることなく、黙っていのちの水を湧き出し続けているのです。

人間の幸せとは、こういう生活の中にあるのでしょう。

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