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 わらびのこう

2003年10月

蕨野行

わらびのこう

  • 監督:恩地日出夫
  •   
  • 原作:村田喜代子(文春文庫)
  •   
  • 音楽:猿谷紀郎
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  • 出演:市原悦子、清水美那、石橋蓮司、李麗仙、中原ひとみ

2003年 日本映画 132分


お姑(ババ)よい。
 永えあいだ凍っていた空がようやく溶けて、日の光が射して参たるよ。鋸伏山(のこぶせやま)を覆っていた雪も消え始め、山肌の残り雪がとうとう馬の形を現わせり。……

ヌイよい。  残り雪の馬が現れるなら、男ン衆の表仕事の季節がきたるなり。田の打ち起しが始まりつろう。……

団右衛門はこの里の庄屋なれば、男仕事の頭領。したら嫁のおめは女仕事の頭(かしら)やち。テラにもいろいろ尋ねて相談し、名子(なご)、小作のかか等、下女だちを使うて、おれがしてみせたよにやるがよい。          (『蕨野行』文春文庫より)


                   

>映画は、「お姑よい」「ヌイよい」という、姑と若い嫁の語りで進んでいきます。なんとも、ゆったりとした時の流れ。映し出される美しい風景と、しっとりと語りかける2人の心の声……。見ている者は、しだいに、山あいの村の素朴な生活に入っていきます。

物語

江戸時代の山形、飯豊山麓(いいでさんろく)。ここには、上と中と下の3つの庄があります。この三ケ村の年寄りには、約束事がありました。村の男女は、60歳を迎えたら家を出て、村から半里先にあるわらび野の小屋に移り住み、共に暮らすのです。

庄屋の長男に嫁いだ若い嫁ヌイ(清水美那)の姑のレン(市原悦子)も、60歳を迎え、7人の村人とともに、少しの着替え、木椀、夜具などを背負ってわらび野にやってきました。お姑から家の習わしを教わっていたいた嫁のヌイは、お姑のことが心配でなりません。お姑はヌイに、弱い年寄りは、わらび野では命をながらえることはできない。生命の強い者は残し、弱い者は早く逝かせる、いわば関所なのだと説明します。

わらび野には、藁葺(わらぶき)の小屋が3つ建っています。山道を歩いてわらび野についた8人は、一休みすると、それぞれの小屋へ入りました。小屋の中に、水が入ったままの、水くみの桶(おけ)が残っていました。桶の木が乾くと水が漏れるので、前の年の者が、水をいれたままにしておいてくれたのです。

水くみに沢へおりたお姑は、道の途中で、白骨を見つけました。3人の爺に頼んでわらび野へ運び、葬りました。

わらび野に住む者は、「わらび衆」と呼ばれました。わらび衆は、一日に一度、里に下りて食べ物をもらいます。畑仕事はお手の物ですが、自ら田を耕して作物を得てはいけません。里へ下りたわらび野衆は、家の者と口をきいてはいけません。里の者がわらび野へ行くことはできません。また、足が弱って里に下れない者の代わりに、食べ物をもらってくることはできません。足腰が弱って歩けなくなると、食べ物を得ることができず、やがて、亡くなっていくのです。

土砂降りの雨の日も、老人たちは里へ下ります。杖をついてでも、はってでも、食べ物を得るために橋を渡り、山道を下ります。

村では、田植えが終わり、ヌイは他の女衆とともに、田の草取りに忙しい毎日を送っていました。しかし、その夏は長雨が続き寒い夏となりました。

稲の凶作で、村には飢えが襲っていました。食い扶持ぶちを減らすためにわらび野に来たのに、孫たちがひもじい思いをしていると知った一人の爺(じい)は、幼い孫たちのために、川へ魚を捕りに行きましたが、そのまま帰らぬ人となりました。一人、また一人と亡くなっていきます。

厳しい冬がやってきました。村では、嫁のヌイのお腹が大きくなっていました。雪が降り積もって、外に出ることができなくなったわらび野では、お姑が力をふりしぼって桶の中にたくさんの雪を入れていました。桶が乾かないようにするためです。

深い雪に覆われた小屋の中では、寒さに震える3人が、最期のときを迎えていました。

 

60歳になる前に、多くの人が亡くなっていった時代です。生きていくということ、死ぬということの厳しい現実を見せてくれる映画です。しかし、この映画の中には、貧しくとも、互いを思いやって生きていく気品が漂っていました。高齢者が、若い人を、嫁が姑を、女同士が、男同士が互いを尊敬している温かい心です。

昔は、自分の死に立ち向かっていく、高齢者たちの姿がありました。死は、「ご臨終です」と宣言されたその時なのではなく、徐々に体が弱くなり、その延長で息が止まり、やがて屍となっていく「過程」のようです。わらび野は「死」の過程の場であり、若い者を生かすために、自ら進んでやってくるあの世への入口でした。

どのように人生の終わりを迎えるか、そのときまでを、どのように歩んでいくか、人生とは何なのか、ゆっくりと問いかけてくる映画でした。

恩地監督が、8年間あたためた作品です。大切にしたい、日本映画です。

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