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 美しい夏キリシマ

2003年12月

美しい夏キリシマ

  • 監督:黒木和雄
  •   
  • 脚本:松田正隆、黒木和雄
  •   
  • 音楽:松村禎三
  •   
  • 出演:柄本佑、原田芳雄、左時枝、牧瀬里穂、石田えり、
         小田エリカ、香川照之、中島ひろ子

2002年 日本映画 118分

  • 文部科学省選定、日本映画ペンクラブ特別推薦、優秀映画鑑賞会推薦
  • エキプ・ド・シネマ発足30周年記念作品第一弾

1945年、宮崎県立小林中学校3年生の黒木和雄少年は、学徒動員で都城にある川崎航空機工場で働いていました。4月のある日、沖縄から飛んできたアメリカ軍のグラマン機の奇襲を受けます。沖縄戦で日本軍はアメリカ軍に破れ、次は九州が攻撃されるという危機感をいだいているときでした。

警戒警報がなり、防空壕へ入ろうとしていたときでした。爆音がして空を見上げると、二羽の黒いカラスが急降下してきました。閃光と真っ暗な砂煙の中に、悲鳴が起きました。煙がおさまって周囲に目をやると、さっきまで岩波文庫を読んでいた秀才の同級生が、頭をざっくりと割られ、助けを求めるかのように黒木少年の方に手を差し伸ばしていました。あまりのおそろしい光景に黒木少年は後ずさりし、無我夢中でその場から走りだしてしまいました。

「助けを求めている友人の手を振りきって、逃げてしまった。」その後、黒木少年は、この思いに苦しめられます。親しい友を見捨てて逃げた自分自身を信用できなくなり、罪のかしゃくに苦しむ黒木少年は、学校に行くことができなくなりました。「なぜ、彼が死んで自分が生きているのだろうか」黒木少年は答えの出ない疑問を消すことができません。「あの時代背景から抜け出すことはできない」と、今も黒木監督は語っています。

1930年生まれの黒木監督は、15歳で終戦を迎えました。戦争体験者ですが、15歳では、戦争の真の意味は理解できませんでした。「神である天皇のために命を捨てる」と信じさせられ、ただ、死を考えていた日々でした。しかし監督は今、自分たちの世代が、戦争を語り継がなくてはいけないという思いにかられ、自分の体験をもとに、戦時下で暮らした人々の思いを映画化することにしたのです。この映画は、監督の強烈な体験、苦しい罪意識、友への思いから生まれました。

物語

映画には、戦争で傷を負ったさまざまな男女が登場します。

中学3年生の日高康夫(柄本佑)は、満州にいる家族から離れ、地主の祖父(原田芳雄)と祖母(左時枝)の家で暮らしています。祖父は康夫を跡取りにしようとして厳しく接しますが、康夫は空襲で友達を亡くしたショックから、なかなか立ち直ることができません。肺浸潤にかかり、自宅療養でぼんやりと毎日を過ごしています。

親友を見殺しにした罪に苦しむ康夫は、赦しを請うため、爆死した親友の妹に会いに行きますが、口もきいてもらえず追い返されてしまいます。親友とその妹は、沖縄戦で家族を失い、親戚の家にあずけられていました。兄を失った日から、妹は毎日屋根に上り、口もきかず、沖縄の方角を眺め続けています。しかし沖縄の方角には霧島の山々がたちふさがり視界をさえぎっているのでした。彼女は、霧島が嫌いでした。

日高家には、はる(中島ひろ子)となつ(小田エリカ)の2人の奉公人がいました。祖父がはるに手を出したということで、祖母ははるを嫁に出すことにします。はるは周囲の強い勧めを受け、古寺秀行のもとに嫁いでいきます。秀行は南方で負傷し、義足の生活でした。はるにとっては気が進まない結婚でしたが、秀行は優しい人でした。秀行も戦地でつらい思いをしていました。

なつの父親は戦死し、家では、母イネ(石田えり)が畑を耕しながら弟と貧しく暮らしていました。夫を亡くした悲しみをかかえているイネは、日本兵の豊島一等兵(香川照之)を家に入れ、昼間から情事を重ねていました。豊島は来るたびに、軍隊の倉庫から盗んだ缶詰などの食糧を置いていきました。康夫と同級生の弟は、母親と豊島のことを知っていながら、姉のなつには黙っていました。

村には満州から引き上げてきた兵士たちが駐屯していて、毎日地面に穴を掘っては、来るべきアメリカ軍に立ち向かう訓練をしています。豊島は、連日の空しい訓練に意味を見いだせず、隊の中で反抗的な態度をとっていました。

なつの結婚式のために、康夫の姉の美也子(牧瀬里穂)が帰省しました。美也子は夫のいる身でありながら、海軍少尉の浅井と出会うために帰ってきたのです。その浅井には、特攻隊としての出撃が待っていました。

やがて、日本は終戦を迎えます。

 

黒木少年の部屋の机の横には、友達から預かったというカラヴァッジオの「イエスの復活」の絵が貼られています。そして、机の上には聖書が……。康夫は、自分が死んだら、キリストのように奇跡が起こるのではと思っていました。親友の妹から「兄の仇(かたき)をとってくれ」と言われた康夫は、終戦後やってきた進駐軍の兵士たちに向かって、一人竹槍をかざして突っ込んでいきます。

主人公の黒木少年を演じる柄本佑(たすく)君が、不思議な魅力に満ちています。多くは語らず、ボーっと立っている姿や、力が抜けたような眼差しが、戦争で受けた少年の心の傷の深さを語っていました。

佑君は、1986年生まれの高校一年生。黒木少年の姿は、演技なのか、佑君の地なのかはわかりませんが、とてもいい味を出しています。それもそのはず、佑君のお父さんは俳優の柄本明、お母さんは角替和枝です。佑君を見ただけでも、この映画を見た価値があった……と思ってしまいました。

戦争とはいったい何なのか。戦う兵士も、送り出した家族も、みな傷ついています。勝っても、負けても、多くの人が犠牲になります。戦いの止まない世界、また今、戦争へと進みそうな気配のある日本の状況にあって、戦争の真っ直中で生きた一人ひとりの心をていねいに描いたこの映画は、人間を傷つける戦争を見つめるために貴重な作品となっています。

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