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 死者の書

2006年3月

The Book of The Dead

死者の書

  • 人形アニメーション映画
  • 監督・脚本:川本喜八郎
  • 原作:折口信夫『死者の書・身毒丸』中公文庫
  • 声の出演:宮沢りえ、観世銕之丞、黒柳徹子
  • 語り:岸田今日子
  • 音楽:廣瀬量平

2005年 日本映画 1時間15分

  • 2005年ザグレブ国際アニメーション映画祭(クロアチア)長編部門審査員特別賞
  • 平成17年度文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞
  • 東京都知事推奨
  • 文部科学省選定

物語

かつて「道成寺」「火宅」で、人間の心の奥深くにひそむ怨念や激情を、人間以上に表現した人形アニメーション作家・川本喜八郎氏が、折口信夫の「死者の書」を映画化しました。表情と動作が単純な人形は、人間の複雑な思いを単刀直入に表現していきます。余分な情報を省いた人形のほうが、人間の思いを率直に表現できるのかもしれません。

飛鳥の時代、天智天皇の第3の皇子である大津皇子(おおつのみこ 声:観世銕之丞)は、文武に優れ、部下の信頼も厚かったが、謀反の罪でとらえられ、処刑される。24歳だった。しかし彼は、処刑の場で、自分を見つめる姫を見る。姫の名は耳面刀自(みみものとじ)といい、藤原鎌足の娘だった。大津皇子は、いのちが絶たれる寸前に、一瞬見たその姫への思いが残った。大津皇子の遺骸は、二上山に葬られた。

それから50年の月日が流れた。

時は奈良時代。大貴族、藤原成朝の娘、藤原南家の郎女(ふじわらなんけのいらつめ 声:宮沢りえ)は、最も新しい文化である仏教に深く帰依し、称讃浄土経の千部写経をはじめた。郎女は、春分の日、二上山の上に現れた俤人(おもかげびと)を見る。大津皇子は、思いは50年たっても思いを鎮めることができず、大きなうめき声を上げたのだった。皇子の霊は、郎女を耳面刀自の姫と思ったのだろう。

千部目の写経で、最後の文字を書き終えた郎女は、雨の降る音を聞く。すると郎女は、嵐の中を物に憑かれたように、西へ西へと歩き続け、二上山のふもとにたどり着く。そこは、女人禁制の当麻寺だった。郎女はそこで、当麻の語り部の媼(たいまのかたりべのおうな 声:黒柳徹子)から、大津皇子の話を聞く。

自分が見た俤人は、この世への執着からさまよっている大津皇子であると確信した郎女は、皇子に惹かれるようにして、彼の魂を鎮めるために力を尽くす。そして、曼荼羅を描きはじめる。

 

日本には、かつて、いさぎよい若者が多く戦死すると、その後の1世紀から2世紀をかけて、彼らの魂を鎮めるために尽くすのが、後の時代に生まれた人のつとめであるという伝統があったそうです。敵も味方もなく、魂を鎮めるために尽くしたということです。しかし、今の時代、そのような伝統は消えてしまいました。

琵琶と笛の音色が、遠い時代へとわたしたちを連れて行ってくれます。死んだ魂に思いをはせるという、静かな世界です。近代社会のめまぐるしさの中で、他者を感じるという繊細な感情は、鈍くなってしまったようです。死者が残している思い、他者への思い、その思いの強さが物事を動かしていく、そんな昔の世界が、人形をとおしてよみがえってきます。川本喜八郎氏は、かつて日本人が持っていた心を、今の時代に取り戻すようにと、この郎女をわたしたちに出会わせてくれたのでしょうか? 

確かに、最近の子どもたちへの悲惨な事件を見ると、彼らの魂のために祈らずにはいられません。他者の心の平安のために思いを込め、願い、祈る……、本来人間が持っている心が、今、求められているのかもしれません。

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