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 無情素描

2011年 7月

無情素描

  • 監督・脚本:大宮浩一
  • 撮影:山内大堂
  • 配給:東風

2011年 日本映画 75分


映画「無常素描」は、介護の現場を取り上げたドキュメンタリー作品「ただいま~それぞれの居場所」を製作した大宮浩一監督の作品です。監督は映像によるスケッチという思いで、震災後49日が過ぎた現場にカメラを向けました。

大宮監督は「ただいま」の続編の製作中に、3.11を迎えました。宮古市で福祉施設をしている人がどうなったのか気になり、10日後くらいに訪ねました。3~4日のロケをするつもりで行ったのですが、ものの数時間もそこにいることができなかったそうです。東京に戻り、「どうして引き上げたのか……」と悶々としていたとき、阪神大震災の経験者でもある長尾医師と出会い、「ゴールデンウィークに被災地へ行く」という話を聞きました。そこで、カメラマンとともに、長尾医師に同行することに決めました。監督は、震災の「跡」や「その後」の様子を、映像でスケッチするという思いでこの作品を製作したそうです。

一方、長尾医師は……。16年前の阪神大震災で「まるで無政府状態に生きている」と感じた長尾医師は、当時の経験を活かしたいという思いから、被災地を訪れる計画を立てました。3月11日以来、被災地のことが気になっていた長尾医師ですが、大病院の医師とは違い、開業医なので、目の前の患者さんを置いて被災地に向かうことはできません。救援物資を送ることしかできませんでした。医院がお休みになるゴールデンウィークに、やっと被災地に向かうことができました。大宮監督と山内カメラマンが同行です。レンタカーに救援物資を積み込んで、北の大野から相馬へと南下しました。長尾医師は、震災から49日を経た被災地を、医師としての目を持って、自分の体で診断して治療方針を提案したいという思いを抱いていました。

映像に映し出された風景は、震災直後から比べると、幹線道路は確保されおり、ガレキの片付けのためのクレーン車が動いていました。一方、自衛隊たちの捜索が続いていました。板切れが散乱しているガレキの中に、遺体があることを知らせる赤い布の旗があちこちに立てられています。津波で破壊されて何も無くなっってしまった地域と、そこよりも少し高台だったために破壊は免れたものの、家の中は泥が入った家々の並びが、悲惨さをより強くします。

報道番組のように、あるテーマで追っていくのでもなく、被災者やボランティアの人々のインタビューを続けるのでもなく、ナレータが語り、専門家が解説するのでもなく、走る車から撮影した映像が、ただただ続きます。ときおり車から降りて、動いている人を追います。漁師、農家、救援活動を取り仕切る医師が、語ります。この時期、悲惨な災害にあって動揺している時期は終わりましたが、避難生活は続いて疲れが出てくるときです。亡くなった孫のことを思うと激しく涙が流れるし、明日を生きるための希望はわいてきません。

「無常としかいいようがないですよね。無常という想いは、日本人の奥深くに染みこんでいます」。
福島県三春町にある福聚寺の住職、作家でもある玄侑宗久師は語ります。

家は残ったものの、ぐちゃぐちゃになった家の中を片付けながら「いつかまた、このような大きな地震が来る。もうここに住みたくない」という祖母の言葉に、若い女性の声が聞こえてきます。「でも、海、好きだから。チョーきれい!」と、孫娘はキラキラした目で語ります。そう、津波で多くの人の生命を飲み込んだ憎い海は、今、青い空の下で、鏡のようにおだやかな水面をキラキラと輝かせています。地球は、みずからの営みを続けているだけです。自然の力に打ちのめされる人間は、この光景を受け止めるしかありません。その光景の上を漂っていく宗久師の読経は、現場とまだ見つからない人々への鎮魂の祈りです。


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