home>シスターのお薦め>お薦めシネマ>珈琲とエンピツ

お薦めシネマ

バックナンバー

 珈琲とエンピツ

2012年 3月

珈琲とエンピツ

  • 監督・ナレーター:今村彩子
  • 配給:Studio AYA

2011年 日本映画 1時間7分


「さわやか」ということばがぴったりの今村彩子監督は、学生という感じの若い女性です。彼女はすでに何本もの映画を製作している“映像作家”です。ろう者である今村監督は、ろう者・難聴者のことをもっと理解してもらいたい、彼らの夢や思いを分かってもらいたいという思いから、12年間、ろう者・難聴者をテーマにした映画を製作してきました。一生懸命思いを込めてカメラを回してきたのですが、「聴者とろう者は、心からは通じ合えない」と思っていました。ろう者は、字幕がないと映画を見ることができない。手話通訳がないと講演会やイベントに参加できません。今村監督は次第に虚無感を抱くようになり、制作意欲がわかなくなってきました。

そんなときに出会ったのが、サーファーで、サーファーショップを経営している太田辰郎さんでした。太田さんはろう者ですが、お店に来たお客さんと会話を楽しんでいるのです。「わたしは手話を知らない聴者とは距離を置いていた」という今村監督は、太田さんとの出会いをとおして、自分が壁を作っていたことに気づきました。

静岡県湖西市にある太田さんのお店は、サーファー仲間だけでなく、子ども連れのお母さんや家族がやってきます。

太田さんは、初めてお店に来た方に「珈琲はいかがですか?」と声をかけてハワイの珈琲をサービスします。そして、カウンターの上に置いてある表示を見せます。そこには「いらっしゃいませ。わたしは耳が不自由です。ご用件はメモに書いてください」と書かれています。珈琲を口に運びながらそのことばを読んだお客さんは、「えっ!」ではなく、「へ~、そうなんだ~」という感じで、太田さんの顔を見上げます。そこには、日焼けした顔にひげをはやし、ニコニコとやさしいまなざしを向けているアロハシャツのおじさんがいます。太田さんの包み込むような暖かさが、お客さんたちを和ませます。コーヒーカップをカウンターに置いたお客さんは、自然にペンをとり、白いメモにことばを書き出します。こうしてコミュニケーションが始まります。太田さんは書き文字に声も交えて、楽しく会話を進めます。

そこには、ろう者、聴者の区別はありません。聴者とのコミュニケーションに困難を感じていた今村監督は、太田さんの姿に大きな刺激を受けました。太田さんをもっと知りたいと思った今村監督は、太田さんをカメラで追うことにしました。こうしてできあがったのが「珈琲とエンピツ」です。

珈琲とエンピツ
試写会であいさつする今村彩子監督


太田さんがだれとでも会話を楽しむようになるには、ある人との出会いがありました。大学時代にサーフィンを教わった太田さんは波乗りの魅力にとりつかれ、「いつかサーフショップを持ちたい」という夢を抱くようになりました。20年間会社勤務をした後、41歳で夢をかなえるために、サーフボード作りを学び始めようとしたました。しかし、「聞こえないから」という理由で教えてくれる人はなかなか現れませんでした。そんな中で「いいよ、うちにおいで」と言ってくれたのが、小室正則さんです。だれとでも同じ姿勢で接してくれた小室さんに、サーフボードの作り方からお店の経営の仕方まで、2年間に渡って、すべて教えてもらいました。その後、さらにハワイへ行って技術とハワイ文化を学び、2007年4月に自分のお店を持つことができました。

映画では、サーファーから依頼されたサーフボードを作り、お店でハワイの珈琲を入れてお客さんと話し、家族の声援を受けてサーフィン大会に出場し、今もやさしく迎えてくれる師匠の小室さんと出会い、若いサーファーに頼りにされ、お店に集まったサーファー仲間と歓談する太田さんの姿が描かれています。

すてきなお嬢さんの今村監督と、暖かい太田さんの人柄に魅了されました。


▲ページのトップへ