home>シスターのお薦め>お薦めシネマ>あん

お薦めシネマ

バックナンバー

あん

2015年 6月

 あん

  • 監督・脚本・編集: 河瀬直美
  • 原作:ドリアン助川
  • 出演:樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、市原悦子
  • 主題歌: 秦基博
  • 配給:エレファントハウス

2015年 日本、フランス、ドイツ映画 1時間53分

  • 第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門オープニング作品


5月13日~24日まで開催された第68回カンヌ国際映画祭には、日本から、コンペティション部門に是枝裕和監督の「海街diary」、黒沢清監督の「岸辺の旅」が「ある視点」部門に、また河瀬直美監督の「あん」が、「ある視点」部門のオープニングに正式招待されました。

カンヌ映画祭と河瀬監督の関係は深く、劇場映画として初めての作品「萌の朱雀」(1997)で新人監督賞を、「沙羅双樹」(2003)でコンペ部門に、「殯の森」(2007)ではグランプリを受賞。2013年には、日本人監督として初めて、コンペ部門の審査員に選ばれました。

奈良を生活の場、活動の拠点としている河瀬監督は、地方の自然の中に生きる感覚を大切にし、ドキュメンタリーかと思うほどの自然な演技と構成で、人間の心の奥にある暗闇を、さりげなく描き出していきます。今回も、「生きていくことの意味」という難しいテーマを、人々から阻害され自由を奪われて生きてきた人々の声を描きながら、日本人の心の花である桜の木をとおして、四季の移り変わりの中で描いていきます。

物語

朝、目をさまし、サンダルを足にひっかけ、けだるそうにアパートの階段をのぼり屋上に出る。いやそうにたばこに火をつける。屋上からの景色は、桜、桜。はなやぐ桜をながめても、千太郎(永瀬正敏)はうれしそうではない。重い身体をひきずるようにして、小さなドアを開ける。男の仕事場であるどらやき屋だ。小さな窓を開けて、どらやきだけを売っている。窓の向かいの並木も桜。どらやきの皮を焼き、11時に開店する。

 あん
(C) 2015 映画『あん』製作委員会/COMME DES CINEMAS/
TWENTY TWENTY VISION/ZDF-ARTE

女子中学生たちの笑い声。彼女たちは学校帰りのどらやき屋の常連さん。友達をからかいながら、どらやきをほおばっている。店長である千太郎を「千ちゃん」と読んでいる。彼女たちと入れ替わりに、これも常連の女子中学生が入ってくる。ワカナ(内田伽羅)はいつもひとりで、黙って食べている。千太郎から「これ、できそこない」と、形の崩れたどらやきが数個入った袋を受け取る。

 あん
(C) 2015 映画『あん』製作委員会/COMME DES CINEMAS/
TWENTY TWENTY VISION/ZDF-ARTE

桜並木のほうからやってきた、おばあさんが店の中をのぞいている。年齢不要と書いてあるアルバイト募集の張り紙を見て、ここで働きたいと言う。吉井徳江(樹木希林)と名乗る76歳の女性の指は、まがっている。何度か断るが、「こういうところで働いてみたかった」と、時給は200円でもいいからとやってくる。「皮はまあまあだが、あんが・・・」と言う。千太郎は、あんはできあいのものを使っていたのだ。徳江が、50年もあんを作っていたことを知り、また、徳江の作ったあんが、いままで口にしたことのない奥深い味であることがわかり、千太郎は、徳江をあん作りのために雇う。

翌朝から、徳江のあん作りがはじまる。朝暗いうちから店にやってきて、小豆に声をかけて、時間をかけ、あんを作っていく。女子中学生たちが、あんの違いに気づく。「千ちゃん、本気出した?」ある日、開店時間になり窓を開けると、そこには、どらやきを求めてる人々の長い列ができていた。

 あん
(C) 2015 映画『あん』製作委員会/COMME DES CINEMAS/
TWENTY TWENTY VISION/ZDF-ARTE


 

樹木希林のしぐさとほほえみ、永瀬正敏の木訥としたうつむいた表情がすばらしく、画面いっぱいに映される桜の木とともに、みごとな演出だなと思いました。病気ゆえに外と遮断され人生を閉じ込められた人々の存在を声高に言うのではなく、人はみな、閉じ込められたところがあり、そこから自由になりたいと模索していることをさりげなく表現し、また、暮らしの中から垣間見られる他者への優しい思いがじわじわと感じられて、心に残る作品となりました。



▲ページのトップへ