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活憲とヒューマンライツ(人権)

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理想を現実にできる時代

「あけぼの」2010年1月号より) 伊藤千尋


「軍隊なんていらない」と言うと、よく返ってくるのが「そんなのは理想論だ。今の時代に合わない」という言葉だ。

そうだろうか。

私は事実に基づいて言う。「時代に合っていないのは、あなたのほうだ。武力でものごとを解決するのは戦国時代から20世紀までの発想ではないか。今や話し合いでもめ事を解決できる時代になった。軍隊が必要だという考え方は、もはや古い」と。

21世紀の幕開けの年である2001年に9.11のテロが起きた。その後、米国は世界の了解を得ずアフガン爆撃、イラク戦争への道を突っ走った。大義もない戦争を開始し、イラク人はもとより米国の兵士もたくさん死んだが、イラクの混乱は収まらない。そんなことをしているうちに、米国の経済がおかしくなった。世界一の経済大国で失業者があふれ、大企業が次々に倒産した。

同じようなことが1991年にもあった。世界の軍事大国だったソ連が崩壊した。両国に共通しているのは、他国に侵略しロケットを月に飛ばすことはできても、自国の国民にパンを行き渡らせなかったことだ。ソ連型の管理一辺倒の社会主義も、米国型の弱肉強食の資本主義も、どちらも人間が安心して暮らせる社会をつくることには失敗した。

政府の失敗が明らかになったとき、米国の市民は復元力を発揮した。議会、大統領選挙で与党の共和党を敗北させたばかりか、数年前までは考えられなかった黒人大統領を誕生させた。黒人の市民権を主張してキング牧師が暗殺されたのが1968年だ。それから40年後、米国市民は黒人を大統領に選んだ。大きな変化だ。

2009年1月に発足したオバマ大統領は4月にチェコのプラハで演説し、広島と長崎に原爆を落とした米国は核廃絶に向けて努力する道義的責任があると語った。世界一の核大国が、核兵器の廃絶に向けて突き進むことを宣言したのだ。

米国は単なる超大国ではない。世界の軍事費の半分以上を米国一国が持つ。世界を相手に戦える軍事力を持つ国が、核兵器をなくす道を選んだ。核兵器を持つ他の大国も同年9月の国連安保理の首脳会合で、一致して彼の発言に賛成した。世界の核兵器を保有する主要国すべてが核兵器の廃絶に賛同したのは、歴史上これが初めてである。

20世紀に数々の軍縮の提唱はあったが、どこかの国が反対して軍拡に至った。今も地域での紛争はあちこちにあるが、世界の趨勢(すうせい)は明確に平和へと向かっている。単なる言葉だけではない。核兵器削減交渉も具体的に動き出した。

軍縮に向けて先鞭(せんべん)を切ったのは、市民である。米国の女性が提唱した地雷をなくす市民運動が世界に共感を呼び、対人地雷全面禁止条約が結ばれたのは1999年だ。それから10年を経て国家首脳による核軍縮に至った。市民主導による平和の時代なのだ。


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21世紀に入って9年が過ぎ、2000年代が去って2010年代に入る。これからの世界はどんな時代なのか。

一言で言えば、「理想を現実にできる時代」だ。これまでは理想は単なる夢物語でしかなかった。しかし、今や理想を実現しようとすれば可能な時代に入った。人類の歴史は大きく変化している。

今から半世紀前の1959年にキューバ革命が成功した。この革命の本質は、だれもが食べていける人間らしい暮らしができる社会をつくろうという人道主義だった。それが冷戦の時代にもまれて社会主義に走った。革命を率いたチェ・ゲバラは言った。「もし我々が空想家のようだと言われるなら、救いがたい理想主義者だと言われるなら、できもしないことを考えていると言われるなら、何千回でも答えよう。その通りだ、と」。今や、弾丸でなく投票で政権を変えることができる時代、理想主義が復権する時代が到来した。

日本もその流れと無縁ではない。2000年代に入って最初の5年は小泉政権の下で米国流の新自由主義に突っ走り、憲法を変えて戦争ができる国にしようとする動きが強まった。その結果、社会の格差が広がり、ホームレス、ネット難民、派遣労働、いじめなどの問題が噴出し、社会が急速に劣化した。これに対して国民がノーを突きつけたのが2009年8月の総選挙だ。戦後初めて、本格的な政権交代が実現した。

今の日本は行き詰まっている、という声をよく耳にする。しかし、考えてみよう。この社会がおかしくなったのはここ10年ほどである。ならば10年の間違いを検証し、ただせばいい。もともとの日本は安定した社会だった。新自由主義という米国の経済政策を無理に採用したからおかしくなったのだ。

では、どんな方向に変えればいいのか。武力でなく対話に戻せばいい。弱肉強食でなく弱者をみんなで支える社会、困った人がいれば助け合う社会にすればいい。それはほかならぬ日本の伝統であったはずだ。

それは自然にできるものではない。この時代にあって行動の指針を挙げるなら、韓国の金大中・元大統領の遺言「行動する良心たれ」がふさわしいだろう。彼はさらに「行動しない良心は悪の側にいる」とも言った。キリスト教精神にのっとって、自分を死の淵に追いやった軍人を許し和解を説いた彼が強調したのは、「奇跡は奇跡的に訪れるものではない」ことである。良い社会をこの世に実現したいなら、われわれ市民が行動によって自ら社会を変えていくしかない。幸いなことに、夢の実現が可能な時代が目の前に来た。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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