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活憲とヒューマンライツ(人権)

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沖縄の心を国民の意思に

「あけぼの」2010年2月号より) 伊藤千尋


基地移転問題に揺れる冬の沖縄を訪れた。

東京とは気温が10度も違う。東京の最高気温が沖縄の最適気温だ。昼の日差しは東京の夏さながら。那覇中心部を貫く国際通りは、強い風にあおられた街路樹が横向きになびいていた。

那覇から沖縄自動車道を北に走った。しばらくすると南側に金網がはられ、道の両側が基地であることを思い知らされる。というより、基地の中を道が走る。金網の上の鉄柵は基地側でなく道路の側に伸びる。沖縄では、道路を走る市民が「よそ者」扱いなのだ。

焦点となっている普天間飛行場を抱えた宜野湾市で、2万人を越す市民が参加して飛行場の県内移設に反対する沖縄県民大会が開かれたのは11月だった。その日の地元紙「琉球新報」の号外を見た。「『普天間』県内を拒否」「沖縄の民意発信」の大見出しが踊る。「命(ヌチ)どぅ宝」と書いたはちまきを締めた老女、「環境を守れ」と染めたTシャツを着た子、「辺野古新基地建設白紙撤回」の横断幕を掲げた島民の写真が紙面に満ちる。

同じ場所で1995年、8万5千人が集まって沖縄県民総決起大会が開かれた。米兵による少女暴行事件に抗議したものだ。今の基地移転問題の出発点であるこの集会で、見渡す限りの人々を前に決議を述べた少女がいた。仲村清子さん。当時の普天間高校3年生である。「私たち若者に新しい沖縄をスタートさせて欲しい。軍隊のない、悲劇のない、平和な島を返してください」と彼女は叫んだ。

その彼女がリポーター役となって2001年、映画「軍隊をすてた国」が製作された。平和憲法を文字通り実現する国コスタリカを描いたドキュメンタリーだ。「軍隊をなくすなんて理想だ」と言われるが、現に軍隊をなくした国が同じ地球上にある。そこを沖縄の少女が訪ねて、平和とはどんな社会なのかを目に当たりにした。

宜野湾市から北に向かうと読谷(よみたん)村がある。第2次大戦で米軍が最初に沖縄本島を襲ったさいの上陸地点だ。かつての基地跡に、全国で最大かと思われるほど広大な七期を持つ村役場が建つ。県道から役場に入る入り口には「不戦宣言」の碑があった。沖縄戦の終結から50周年を記念して1995年、村議会の議員と執行部が共同提案し、全会一致で決議した。そこで誓った「不戦の誓い」の内容が、黒い石に刻まれている。

「人類の未来は常に明るいものでなければならない」という冒頭に続き、中ほどに「人類の未来は常に生命が大事にされなければならない」とある。明るさ、生命を強調した。

不戦宣言碑の周囲には老人、婦人会、子ども会など、それぞれの「不戦の誓い」を彫った碑が円形を描いて立つ。その中央に立つと、この村の3,700余人に思いを馳せずにはいられない。

役場の正面入り口のそばに「日本国憲法条文モニュメント」が建つ。高さ3メートルほどの柱状の台座の中央の金属板に、「日本国憲法第9條」が書かれ、柱の上には炎をかたどった青銅の彫刻が天を焦がす。

役場を訪ねて当時の書類を見た。モニュメントについて記した文書には、こんな文句が添えられていた。

「人間の欲望から発する戦争に対し、我々の中には生来の生きることへの願望がある。全ての生命が当り前にその一生を終えることができる社会、平和なうちに生命を次ぎへとつなぐことのできる社会こそ私たちの願い。その社会の実現を信じよう。我々自身の力を信じよう。世界中が9条の精神で満ちることを信じよう。それは、誰にも阻止できない植物の萌芽と同じ、生命の躍動につながるのだから」

堂々とした生への賛歌である。不戦とは、9条とは、生命尊重の精神であることを高らかに歌うものだ。


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沖縄戦集結50周年を記念する文書の「あとがき」には、コスタリカのアリアスもと大統領が94年に訪日したさいの発言が引用されていた。「私の国は、1948年に軍を廃止してから50年近く軍を持っていない。私たちにとって、最も良い防衛手段は、防衛手段を持たないことだ」。かつて琉球の先人が歴史上行ってきた非戦の外交手段を今日、地球の反対側の中南米にあるコスタリカが実現しているのだ。

仲村さんが訴えた県民大会を機に沖縄の基地の整理・縮小を目指す委員会の設置が日米合意され、その目玉が普天間飛行場の全面返還だった。それから15年。移設先をめぐってもめにもめた。辺野古の代替基地計画に対しては反対運動が盛り上がり、沖縄県民は辺野古に杭一本打たせなかった。

宜野湾市の伊波市長は米軍の資料をもとに、普天間の米海兵隊をグアムに移転することが可能だと主張する。一方で鳩山政権は閣僚が個々にバラバラな発言をし、指針が揺れた。そうした中で米国は「前政権との合意で、辺野古への移転計画は覆せない」と髙飛車な姿勢を見せ、これに追従する評論家たちは「このままでは米国の機嫌を損ねる」と、まるで米国の傀儡(かいらい)のような卑屈な発言を繰り返した。

今、日本の私たちに何が必要か。それは現地、沖縄の心に立ち返ることだ。11月の県民大会の大会決議は「声を大にして主張する。小さな島・沖縄にこれ以上の基地は要らない。辺野古への新基地建設と県内移設に反対する」と締めくくった。それを138万人の沖縄県民だけでなく、その100倍の1億3千万人の国民の世論とする努力が必要だ。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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