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活憲とヒューマンライツ(人権)

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国民のためになる経済を

「あけぼの」2010年3月号より) 伊藤千尋


相撲取りさながら、でっぷり太ったメタボな身体にトレードマークの野球帽。米国の社会派映画監督マイケル・ムーアは、たった一人で突撃取材する、気骨あるジャーナリストでもある。

彼の最新作「キャピタリズム」が日本でも上映され、好評だ。その標的は「1パーセントの最富裕層が底辺の95パーセントより多い富を所有し、独占的に利益を得る社会」、つまりアメリカ資本主義だ。弱肉強食の経済が進んだ結果、ひどい格差社会になった米国の現実を描き、人間が人間として生きられる社会が必要だと明確に主張する。世界の資本主義の牙城(がじょう)に市民の立場で突入したのがこの作品である。

冒頭に、ローンが払えなくなったため住み慣れた住宅を追い出された人々が登場する。今の米国経済がおかしくなった引き金であるサブプライムローンの被害者たちだ。米国がいかに弱者にひどい社会なのかを実際の被害者が語る。そのかたわら映画は、強者がますます肥え太る経済の仕組みをわかりやすく描いた。最後はマイケル自身が「$」マークの袋を手に、「ぼくたちのカネを返してくれ」とニューヨークのウォール街へ突入する。米国の非道な金融資本主義を体当たりで追及する痛快な映画だ。

そのマイケル・ムーアが昨年11月に来日した。記者会見を行った場所は日本の金融の中心地である東京証券取引所だ。40分にわたって金融資本主義の悪の実態を告発した彼の言葉は小気味いいほどだった。

この中で日本についてマイケル・ムーアは言った。「日本も大変だと聞くが、アメリカでは7秒半に一世帯が家を差し押さえられて強制退去させられている。日本では病気になっても病院に行けるシステムができているが、米国にはその仕組みがない。日本の企業は従業員の首を切るのは会社の恥だという考えがかつてあったが、米国にはない」と声を荒げた。そのうえで言った。

「日本人が戦後、懸命につくった優れた社会のシステムを保守的な日本政府が崩してしまった。労働者を簡単にクビにし、貧困は犯罪だと考える社会にしてしまった。米国のまねをしようという思いは、どうか捨ててくれ。日本人がつくってきた昔からの日本でいてほしい。教育を大切にし、従業員をむやみに解雇しなかった昔からの日本でいてほしい。昔の日本に戻ってもらいたい」

日本は小泉政権以来、政府が米国にならって弱肉強食の民営化を急速に推し進め、ひどい格差社会になった。この日本をどうしたらいいのか、とよく言われるが、答えは簡単だ。まずは米国のまねをやめ、マイケル・ムーアの言うように「分かち合い」を基本にした昔の日本に戻ればいい。

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何も昔の日本のままに戻れとは言わない。資本主義にもいろいろあり、かつては主に3つあった。自由競争に徹して会社は株主のためにあると考えた米国、市場経済ではあるが何かと政府が市場に介入する欧州、従業員は家族だと考え終身雇用が当たり前だった日本だ。やりたい放題のアメリカ、規制する欧州、「会社社会主義」と呼ばれた日本は、三者三様だった。

そもそも資本主義は欧州で発達した。ドイツ憲法は「私有財産は公共目的に役立てなければならない」と規定する。自由競争にしたら企業は放っておくと何をするかわからないので、いざとなれば政府が介入し操作すべきだと考えた。まさしくその悪例がアメリカで現れたわけだ。

医療や福祉、教育の分野では、ヨーロッパ型の資本主義はさながら社会主義のようである。オバマ大統領のアメリカは、今やこのヨーロッパ型の政策を進めている。その象徴が昨年末に上院で可決した医療保険の制度だった。米国政府が社会派になったのは、何もこれが初めてではない。大恐慌のあとのルーズベルト政権、ケネディのあとのジョンソン政権と、過去に2度ある。オバマ大統領は、これに次ぐ。

今や、世界の流れは社会派の経済だ。ソ連の崩壊後にできた欧州連合は福祉の充実、社会資本への投資を進め「人間的な社会」を目指した。日本が新たに見習うなら、このヨーロッパ型の資本主義だろう。それに家族型の日本の伝統を加味すれば、ひと味違う、しかも日本人の国民性にあったものができるだろう。

さらに今の世界には「もう一つの世界は可能だ」を合い言葉に「資本主義後の生活」を探る世界社会フォーラムの考え方もある。大国の経済支配に対抗してブラジルで始まって今年で10年になるこの運動は、今や世界の一大潮流となった。ブラジルでは予算を市民の下からの討論で決めている町もある。これも参考にできるだろう。

そのようなものをだれがつくるのかって?

もちろん経済の現場にいる人だ。それは経営者だけではない。労働組合だけでもない。市民一人ひとりが経済的な存在だ。本当に豊かな社会を実現したいなら、市民自身が新しい経済体制を創らなければならない。すでにそれを実践している人もいる。年越し派遣村を開設した湯浅誠氏や、NPOバンクの先駆けとなった田中優氏らは、その先頭にいる。

政治を政治家だけに任せたら、変な政治になってしまった。経済だって同じだ。市民の手に取り戻そうではないか。



著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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