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活憲とヒューマンライツ(人権)

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真の援助は教育の確立だ

「あけぼの」2010年4月号より) 伊藤千尋


カリブ海の島国ハイチで1月に起きた大地震で、20万人を越す犠牲者が出た。それを知って心をいため、救援の募金に協力した人も多いだろう。被災から1か月を越えてもなお瓦礫(がれき)の下から遺体が掘り出され、しかも復興への道は定まらない。

そのハイチとは、いったいどんな国なのか。一言で言えば「理性のない国」である。この国を私が最初に取材したのは四半世紀前だった。以来、現地を4度訪れた。いずれもクーデターなど政変のときだ。この国では数年おきにクーデターまたは暴動、武装蜂起が起きる。西半球で最も政情が定まらない不安定な国である。

アジアのフィリピンでマルコス独裁政権を覆す「ピープル・パワー」が盛り上がった1986年2月、地球の反対側の中南米ではハイチのデュバリエ独裁政権に対する民衆の暴動が起きた。私が初めてハイチに飛んだのはそのさなかだった。

着いて驚いたのは、社会の乱雑さだ。首都ポルトープランスの目抜き通りを歩くと、坂道を汚水が流れていた。町の中心部でも下水の設備は、なかった。中心部から少しはずれた場所には広大なスラムが広がっていた。ゴミが回収もされずにうずたかく積もっている。一方で、高台には金持ちの豪華な邸宅や高級レストランがあり、スラムの住民の1か月分の給料に相当する高価なフランス料理さえメニューにある。

大統領にインタビューを申し込もうと大統領官邸を訪れ、、入り口で警護の兵士にその旨を言おうとすると、いきなり自動小銃を突きつけられた。パスポートと記者証を出して説明するが、彼らは字が読めない。もちろんこちらは穏やかに話すのだが、兵士の顔はしだいに険しくなり、本当に撃たれかねない状況になってきた。当時、トントン・マクートという名の大統領の私兵集団が市民を見境なく殺していた。警護の兵士も同類だった。

町でタクシーに乗った。行き先を告げて料金を話し合い、合意した。ところが、乗って数分のうちに、運転手はごねだした。料金を倍にしなければ行かないという。たった今、合意したばかりじゃないかと言っても、きかない。別に私が不当に値切ったわけではない。外国人と見て足下を見ているのだ。説得すると走り出したが、地図を見ると、まったく別の方向に向かっている。どこに行けばいいのか、実は運転手はまったくわかってなかった。

地図を見ながらこちらがナビゲーターをする。うち解けてくると運転手と雑談をするようになった。ところが話がうまくかみ合わない。運転手には論理だった思考ができないことに気づいた。彼の言葉の中には、「ブードゥー」という言葉がやたらと多く出てきた。

この国の国民の大半は、かつてアフリカから連れて来られた奴隷の子孫である。彼らはアフリカ伝来の原始宗教をそのまま引き継いだ。試写が蘇る「ゾンビ」で名高いブードゥー教だ。呪術宗教で、ニワトリを殺して血を身体にそそぎ、踊っているうちに神が身体に乗り移る……という儀式をいまだに行っている。自分の身体に傷をつければ他人を呪い殺すことができると、今でも本気で信じているのだ。

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取材しているうちに、この国では「組織」というものがない、あるいはできにくいことがわかった。そもそも話し合いの習慣がない。約束とか対話という観念がない。理性がなく対話がなければ、どうなるか。市民の運動体はおろか、きちんとした政党も労働組織もできない。不満は暴力で解決するのが習性となり、すぐに暴動に発展する。無秩序な暴動は起きても、組織的な革命にはならない。今回の地震の直後に略奪騒ぎがあったが、別に地震でパニックになったわけではない。略奪は、この国では日常的に起きてきた。

ひどい国民だと思ったが、それはハイチの人々の責任ではない。さらに取材を進めていくうちにわかったのは、かつての植民地主義が彼らから理性を奪ったことだ。統治者たちは、奴隷はもちろん、奴隷と白人の混血の人々のためにも学校をつくらず、教育の機会を与えなかった。彼らが賢くなれば反乱を起こすと思ったからだ。その当時の愚民政策が、いまもってハイチの発展を阻害している。

この国は世界で初めての黒人の独立国であり、中南米で初めての独立国である。かつては栄光に満ちていたのだ。ところが、植民地時代の意識が独立後もそのまま続き、権力を握ったものだけが利益にあずかるのが政治だと思われてきた。統治者は教育の仕組みを整えなかった。教育がない社会に発展はない。

中南米という地域は、けっして遅れた国ばかりではない。ブラジルに代表されるように、今や欧米や日本などの先進国に続く発展をしている。その中で、ハイチだけが異色だ。それは、なぜか。中南米のどの国もかつては植民地だった。条件は似ているではないか。

違いが一つある。それはハイチの旧宗主国がフランスだったことだ。中南米を見渡して気付くのは、フランスの植民地だった地域はいまだに開発から取り残されていることだ。カリブ海の旧フランス領マルチニックやグアダルーペなどは独立さえできないでいる。同じカリブ海でも旧英領だったジャマイカも、スペイン領だったキューバも、格段に近代化して独自の国造りをしている。

だから、地震からの復興は簡単ではない。救援物資を送るだけなら、物資の取り合いになる。もちろん被災者にテントや食糧を送るのは当面、必要だ。だが本当の復興に必要なのは、実は教育である。それを見据えた援助が求められている。



著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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