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活憲とヒューマンライツ(人権)

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抵抗する義務

「あけぼの」2010年7月号より) 伊藤千尋


組織の中で上司に口答えするのは大変だが、軍隊ではそもそも上官の命令に逆らうことが許されない。しかし、米国ではイラク戦争のあり方に抗議して、現地に派兵されるのを拒否した軍人がいた。現役の将校として初めて派遣命令を拒否したのがアーレン・ワタダ中尉だ。名前からうかがえるように、日系人である。

彼は、他の職業に就けなくて仕方なく軍人になった人ではない。9.11のテロのあと「祖国に奉仕したい」と自ら志願して入隊した職業軍人である。イラク派遣の命令が来たとき、最初は「今すぐ赴任したい」と申し出た。それが変化したのは、派遣先のイラクの現実を自ら調べてみたからである。

イラクで米軍は、市民を無差別に殺していた。女性も、子どもも含めてだ。これは政府が言うような正義の戦争ではないと彼は思った。この戦争はアメリカ憲法にも国連憲章にも違反している違法な戦争だと兵士に確認した。「軍人の最大の任務は憲法を守ることだ。違法な戦争に参加して将校の自分が命令を下せば、自分が戦争犯罪を犯すことになる」と考えた。

周囲の仲間は、大統領の命令だからどんなことでも従うのが当然だと主張したが、ワタダ中尉は「私が忠誠を誓ったのは憲法だ。大統領ではない。違法な戦争を政府が行っているのなら、抵抗することが兵士の義務だ」と応じた。

ワタダ中尉は軍法会議にかけられた。陸軍士官学校の教官は「判断が正しければ、違法な命令に従う義務はない」と証言した。あらかじめ予備審問が行われたが、その解釈をめぐってワタダ中尉側と軍との主張が分かれ、裁判官は「審理無効」を宣言した。実質的なワタダ中尉の勝利である。軍は結局、彼を不名誉除隊という処分にして軍から追放する処置をとった。

ワタダ中尉を「日系人の誇りだ」と称える声が日系人から聞かれる。もちろん、彼がだれからも英雄視されているわけではない。どんな命令でも従うのが軍人だと考える人のほうが多い。第2次世界大戦で戦った日系人の退役軍人は「彼は日系人の恥だ」と非難した。

ワタダ中尉のほかにも、イラク戦争に疑問を持って軍務を離れた兵士は多い。その中にはアフガン攻撃のさいにミサイルを撃ち込んだ駆逐艦に乗り込んだ兵士もいた。米艦から打ったミサイルで目標に唯一命中したのがこの駆逐艦だと知ったとき、同僚たちは祝杯を挙げた。だが、彼は疑問に思った。「ならば、他のミサイルはどこに命中したのか」と。他の全てのミサイルは学校や病院に落ち、テロとまったく無関係な市民を殺したことを知って、自分の仕事はいったい何かろうと考えた。

駆逐艦がアフガンの戦場から日本の横須賀基地に帰ったとき、彼は基地周辺で日本人が抗議行動をするのを見た。やがてイラク戦争に派兵されることになったとき、この兵士は「この戦争に大義はない。私は行かない」と主張した。駆逐艦が基地を出航したとき、彼は乗らなかった。現場に来た報道陣に、なぜ自分は乗らないかを説明した。軍法会議にかけられたが、判決は3か月の重労働だけだった。裁判官は「私は合衆国によるユーゴ、アフガン、イラクに対する戦争がいずれも違法だったと兵士が確信してよい合理的な理由があると信じる」と述べた。軍法会議だけに裁判官も軍人だが、裁く側もこの戦争がおかしいと思ったのだ。

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ワタダ中尉、兵士そして裁判官に共通しているのは、政府や軍の発表を鵜呑(うの)みに信じ込むのではなく、自分で実情を調べたことである。そして、人間としてどう行動すべきかを今の現実ではなく、憲法あるいは人道の大義に則って判断したことだ。

別に難しい知識が必要なわけではない。イラクで何が起きているかは新聞に載る。自国の新聞が報道しなくても、今どきインターネットでニュースは流れる。アメリカのメディアの報道がおかしいと思えば、ヨーロッパあるいは相手のアラビアからの報道を知ることだってできる。問題は、自分で調べようとするかどうか、だ。

その後の判断に必要なのは、人を殺してはならないし、おかしいと思ったらすべきではないという人間としての基本的な原則である。それをねじ曲げるのが偏狭な愛国心や目先の利益だ。欲のためには人間を殺すことさえもいとわない考えこそおかしいと。それこそ人類の常識ではないか。

ワタダ中尉らの決心と行動は、今の日本でこそ深く考えられるべきだ。日本の組織では上部への抵抗は起きにくい。ともすれば成り行きやその場の雰囲気で周囲に合わせて物事を判断しがちだ。その結果、あとで過ちがわかっても「みんながそう思ったのだから仕方がない」とあきらめる。第2次世界大戦後の「一億層懺悔(ざんげ)」は、そうした発想から生まれた。

しかし、困難な状況の中で抵抗し、その結果を自分で引き受ける人間が、一人でもいたなら、「一億総懺悔」はその人に対して失礼だ。その一人を除くすべての人間が懺悔し、その後の行動を変えるべきである。あとで懺悔したくないなら、たとえ今は困難であっても人間としての生き方を全うするしかない。

ワタダ中尉らの行動については、藤本幸久監督が「アメリカー戦争する国の人びと」というドキュメント映画を製作した。8時間以上にわたる大作だが、途中であきるどころか目を見開かされる。東京や名古屋で上映しているので見てほしい。あるいは仲間を募って上映会を企画して欲しい。(連絡先は、011-206-4570)生きる姿勢が変わる。



著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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