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活憲とヒューマンライツ(人権)

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住民参加で変わるスラム

「あけぼの」2010年9月号より) 伊藤千尋


日本と違って米国にはっきりモノを言うことで南米が今、注目されている。その動きの震源地であるベネズエラを、この夏、一週間ほど取材した。そこで見たのは地域の住民が結束してスラムを変えようとする「住民参加型」の社会造りだ。憲法に沿って新しい国造りを進める人々がそこにいた。

この国は世界第2位の油田がありながら、かつては「王様とものもらいの国」と呼ばれた。石油の利権にありつける者は貴族のような生活ができたが、そうでなければ極貧生活だったのだ。首都の空港から市内に入る道筋の岩山には、ランチョと呼ばれるスラムが広がる。食い詰めて地方からやってきた人々が自分で小屋を建てて住んでいるのだ。夜になると岩山全体がまるでクリスマスツリーのように電気でチカチカして奇麗だが、その下には今日の食事もままならない貧しい人々の群れが住んでいた。

現在の変化の主体は、こうしたスラムの住民たちだ。1999年にチャベス大統領が就任して貧しい人々のための政治に取り組み始めた。金持ちたちが権力をたらい回ししてきたこの国の歴史では、大きな変化である。

首都カラカスの下町アルティガス地区の地下鉄を降りると、駅前から丘に向かって小さな家がひしめいている。典型的なランチョだ。その一角にメルカリートと書いた小さな店があった。貧しい人々向けに政府が開いた安売りの店だ。塩や砂糖、食用油などが棚に並び、近所のおかみさんたちが窓口に並んでいる。ここでは政府の補助により、一般の店よりも40%も安い価格で食料品が買えるのだ。

棚に米の袋があったので手に取ると、ビニール袋の表には女性3人が「平和によって食料の安全も保障しよう」と描かれた漫画とともに、なんと憲法が印刷してあった。第326条の「国家の安全」の条文だ。「国家の安全は、独立、民主主義、平等、平和、自由、正義、連帯、振興、環境保全、人権保障の原則に従い、国と市民社会の相応した関係に基づく」という荘重な文章である。米を食べるたびに、こうして人々は国家の原則を再認識するわけだ。

こうした食糧を安く売る店が登場したのは7年前だ。当時、チャベス政権に反対していた旧勢力の食糧公社がストをした。このため街中のスーパーから食べ物が消えた。金持ちたちは手を回して食糧を確保したが、貧しい人々は食糧の入手が難しくなった。これを見た政府は、すべての人々の食べ物が行き渡るようにと考え、この制度ができたのだ。こうした店が今では全国に15,000もあると言う。店で働く人は地域の住民だ。職がない人々のためのアルバイトにも役立つ。

この建物はかつて警察署だった。スラムの住民を取り締まっていた場所が今は、スラムの自治のセンターに変わったのだ。

その2階は集会所になっていた。住民が地域の方針を話し合うときに使われる。入って左の小さな部屋は「共同体銀行」の事務所だった。普通の銀行ではカネを貸してもらえない貧しい人々がここに口座を持つ。責任者は「市中銀行の金利は年率23%だが、ここではたった6%。それも3年で払えばいい」と語った。こうして地域の銀行が全国で10,000以上もあると言う。

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地区の代表者は言う。「かつての政府は支配するだけだった。今は人々の力が国の力になっている。本来の人民主権だ。立法、行政、司法の従来の3つの権力のほかに、今のベネズエラでは市民権力と選挙権力も合わせて五権で政治を担っている」

市民権力を具体的に代表するのが、安売りの店や共同体銀行など地域の自治だ。選挙権力とは、選挙を行うさい、政府とは独立した機関が運営して不正をさせないクリーンな選挙を行うためのものである。平和憲法を持っている中米コスタリカにも同じような仕組みとして憲法裁判所が独立機関として存在していた。

この国で進んでいるのは、単なる改革ではない。もはや革命と言ってもいいほどの変化だ。今の政府が米国に対してはっきりモノを言えるのは、このような市民の下からの動きに支えられているからだ。政府が元気なのは、国民が元気だからだ。

生存権、基本的人権は、政府が国民に保障するものだが、国民が黙って政府のやることを見守るだけだったら今の日本のように、いつまでたっても状況は改善しないだろう。市民自身が地域、社会作りを行う意志があり、行動で示して初めて人権は現実に機能するようになる。ベネズエラの現状がそれを示している。

市内の別のスラムを訪れた。地区の責任者は女性だった。彼女はいきなり憲法第2条を基盤にこう語った。「ベネズエラは民主主義で、人権や公正が認められている国です。人間の命、自由、民主主義を基盤に、人権を守る生活が保障されています」。憲法に基づいて社会作りを進めているのだということを、まず言いたいのだ。

今、行っているのはスラムの家の改善だ。トタン屋根を瓦屋根に代え、汚れた壁をきちんと塗り替え、上下水道の設備を整える。資金は政府から出るが、まずどこに使うかは地区の人々が集まって議論し、一番困っている家から取り組んでいる。住民の自治がここでも生きている。

一般の市民からは「危険地区」と言われるこうしたスラムだが、歩いてみると気のいい人たちばかりだ。彼らだって、人間として生きたいし、認められたいのだ。これまで放置されさげすまれていた人たちが、自分たちこと新しい社会の担い手だと自覚した。かつて社会の最底辺だったスラムが今や、社会の改革の先端に躍り出た。



著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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