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「閉塞の時代」を変える市民の力

「あけぼの」2011年3月号より)伊藤千尋


何となく、
  今年はよい事あるごとし。
  元旦の朝、晴れて風無し。

と、石川啄木が歌ったのは1911(明治44)年の元旦。今からちょうど100年前だ。

しかし、その同じ一月に明治天皇の暗殺を企てたという大逆事件の首謀者として、幸徳秋水らが処刑される。権力を握った人間が国家の名のもとに、政府を批判するしみを謀略によって弾圧するのが当然とされる社会に、日本は急速に陥っていく。

その中で人々は精神的にも経済的にも困窮を極めて行った。啄木は

百姓の多くは酒をやめしといふ。
  もっと困らば、
  何をやめるらむ。

と、歌った。そして自らも死の病の床に臥せるのだ。

啄木だけではない。作家の永井荷風も、もはや表現の自由は発揮できないと「自ら文学者である事について甚だしき羞恥を感じ」「自分の芸術の品位を江戸戯作者のなした程度まで引下げるに如くはないと思案した」のだ。生きるためには自由を放棄するしかない窮屈な世の中になっていった。

それからちょうど100年。今年の元旦も、東京は啄木のときと同じく「晴れて風無し」だった。

時代閉塞の状況は今も同じで、生きることに疲れて自殺する人の数は年間3万人台が普通となり、就職難も賃金の低下も当たり前で、政府は変わっても政治は変わらず、人々はあきらめの境地に陥っているかのようだ。

歴史は一見、過去を繰り返しているかのようにも見える。

大逆事件を策謀し、ありもしない事件をまことしやかに仕立てた検察側の中心にいたのが、当時の大審院次席検事の平沼騏一郎だ。彼は幸徳らの論告求刑で「動機は信念なり」と述べ、人間が信念を持つことを嫌う独裁社会を代弁した。

平沼はやがて検事総長となって日本の右傾化を進め、ついには軍国主義の総理大臣となる。戦後はA級戦犯として終身刑の判決を受けたが、その後は靖国神社に合祀され、参拝する人々は彼を「神」として拝む。

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こうしてみると、啄木当時の状況から何も進展していないかのようだ。

だが、そうではない。

検察側が思い通りに事件をでっち上げるのは、100年後の今も同じだ。しかし、それに対して裁判の場できちんと闘えば、校正な裁きが行われる時代になった。厚生省の女性局長が起訴されたが冤罪とわかり、無罪の判決が出た。一方の検察側は主任検事だけでなく上司も逮捕される結果となった、

その過程で、検察側が無理やり事件をでっち上げるため集めた証拠を改ざんしたことを調査報道によって明らかにしたのが新聞だ。

司法、報道がきちんと機能すれば、人権は守られることを示した点で、この事件の存在は大きい。

永井荷風が100年前に嘆いたのは無理もないが、今や時代は違う。おかしいと思えば、市民が変えていける時代になった。要は、市民があきらめずに主張し行動するかどうか、だ。あきらめれば、権力を手にした者は図に乗って権力を拡大しようとする。思想も宗教も弾圧しようと走る。

民主主義は、できあいのものではない。普通の市民が普段から不断に支えていないと壊される脆弱(ぜいじゃく)なものだ。社会を思い通りにしていたいと思う権力志向の輩(やから)は、いつの時代にもいる。

市民社会の強さは何によってはかられるかと言えば、それは市民による復元力だと思う。権力側が犯したた過ちを市民が正していく道のりこそが民主主義ではないか。

民主主義社会は、失敗を前提としている。試行錯誤して何度も過ちを繰り返すのは織り込み済みである。問題は、そこから学んで新しい社会を築き上げることができるかどうか、だ。さらに、理想を掲げて、それに追いつくように自分と自らの社会を高める努力をするかどうか、だ。それを実行している限りは、民主主義は存続する。

もしわれわれが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、できもしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう。そのとおりだと。

そう言ったのは、半世紀前のキューバ革命を率いたチェ・ゲバラだった。「完全な人間」を提唱した彼は、人間が自分の利益のためでなく社会や他人のために生きてこそ本来の人間と呼べるのだと主張し、大臣になっても休日をボランティア活動に費やした。

だが、世界が東西2つに分かれて冷戦を戦った当時、世界の一部にユートピア社会を創造することは無理だった。すべての人間が一人の掛け声で意識改革できるはずもなかった。

ゲバラはやがて南米のゲリラ戦で倒れる。

しかし、冷戦は終わった。ボランティア活動を人生の一部と考えるのが、ごく当たり前の世の中になった。時代は変わった。

啄木は100年前、こうも歌っている。

  何となく、
  案外に多き気もせらる、
  自分と同じこと思う人。

啄木の「何となく」は、願望だった。今や、現実である。

時代閉塞の状況は今も繰り返すように見えるが、それを打開するための経験と知恵を、今や100年分も手にした。問われるのは、実行する意志すると力である。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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