home>活憲とヒューマンライツ(人権)>北アフリカかの暴動から見る日本

活憲とヒューマンライツ(人権)

バックナンバー

北アフリカかの暴動から見る日本

「あけぼの」2011年4月号より) 伊藤千尋


真っ青な地中海と青空にはさまれた崖の上に、白壁と青い窓の家が並ぶ。その一軒は「世界初」と言われる喫茶店だ。中に入ると男たちが土間に座り込んで、水たばこを吸っていた。名物のミントティーを飲むと汗がすっと引き、海から吹き付ける風が心地良い。

ここ北アフリカのチュニジアは「アフリカの国」というより「地中海国家」と呼ぶほうがふさわしい。イタリア半島のすぐ先にあり、古代ローマ時代には商業国家カルタゴが栄えた。ローマとの戦争に敗れて植民地となったため、円形闘技場など古代ローマの遺跡が残る。

近代にはフランスの植民地となったこともあり、アラブ世界では珍しくヨーロッパ的な風土だ。国民性はアラブ民族とは思えないほど温和だ。と、現地で感じたのが1991年だった。それから20年たつ今、暴動が起きて政権が変わった。あの温和な国民が、と驚く。

政変はさらに中東の大国エジプトに飛び火した。どちらの国も、長く続いた独裁政権に対して民衆が反政府暴動を起こした点で共通する。ところが、スムーズに政権が移行したわけではない。チュニジアもエジプトも、混乱が続いた。それを見て思い出したのが、1989年の東欧革命だ。

ベルリンの壁が崩壊したあと、私は東ドイツからチェコに入った。ここでは整然と革命が進んだ。街中の建物の壁は、市民が自分の主張を書いて貼りだした紙で埋まっていた。それを読んだ通行人どうしが話し合い、街角が討論の場となった。市民団体が呼びかけた反政府デモに数十万規模の市民が結集し、その数を見た独裁政権は自ら身を引いて政権を市民団体に明け渡した。だれ一人死なずに革命が成功した優しさから、「ビロード革命」と呼ばれた。

市民団体を率いたのは政治家ではなく芸術家である。代表は劇作家で、日本で言えば井上ひさしさんが新政権の大統領になったようなものだ。

その取材中にルーマニアで反政府暴動が起きた。国際列車で一昼夜かけて首都ブカレストに着くと、駅の外では軍が革命派と独裁派に分かれ、市街戦を展開していた。降り積もった雪のあちこちに、赤い血が見えた。独裁者を即決裁判で死刑にしたため改革派の勝利で終わったものの、新たな政権をだれが担うかでもめた。結局は独裁政権の中にいた政治家が後を埋める格好となったため国民には不満が募り、その後も混乱が続いている。

      ☆    ★    ☆    ★    ☆

チェコとルーマニアの違いをもたらしたのは何か。それは民主主義の存在だ。

チェコは独裁政権の前に、短期間ながら民主政権の時代があった。英国のチャーチルが高く評価したほどのレベルだ。このため独裁政権となっても反政府派の市民が活動できる土壌があった。一方のルーマニアは王政からナチスのような独裁さらにスターリン型の一党独裁と続き、民主主義の経験がまったくない。独裁時代に反政府派は投獄され活動できなかった。

いざ反政府の動きが起きたとき、民主主義の伝統が根付いた社会なら適切な反政府団体のリードによって整然とした行動になり、平和に政権が移行できる。だが、民主主義が根付いていない社会では暴動のまま破壊行為が続くしかない。

同じことが中南米の島国ハイチでも言える。この国は黒人の国として世界で初めて独立した栄誉ある国が、今に至るも混乱が続く。その遠因はフランスによる植民地主義だ。ルイ14世は、この地に学校を作らせなかった。市民が教育を受ければ利口になり、自由を求めて政府に刃向かうようになると考えたからだ。まさにその通りだ。

教育をさせなかった時代が長く続いた結果、文字の読み書きができない国民が多い。民主主義の経験がないため話し合いで物事を解決する習慣がない。さらには政党や労働組合など国民を結集できる組織が広がらない。こんな状態で1986年に独裁政権に対する反政府暴動が起きたが、その後のきちんとした受け皿がなかった。以後はクーデターが続いたり、腐敗した政権が国民の非難を浴びて崩壊したり、さらには地震やコレラが広がっても自力で手を打てない悲惨な状況だ。

北アフリカや中南米を見て、「遅れた地域だ」と一笑にふせるだろうか。私の目には、日本の民主主義をめぐる状況もまた、お寒い限りだと映る。

戦後長く続いた自民党の「一党支配」が選挙によって崩壊したものの、その後の政権運営は実に危うい。内輪もめに走るばかりで国民のための政治を何もしていない、という批判が子どもからさえ聞かれる。そうした中、東京や大阪さらに名古屋で、独裁型の地方政権が次々と誕生した。

政府が有権者にきちんと応えない政治が続けば、政治的な無関心状態(アパシー)が続き、そこから強権で手早く物事を解決することを求める世論が広がり、独裁政権が生まれる素地となるという政治法則がある。まさにヒトラーのドイツで起きたことだ。今の日本もそれに近い。

こんなときだからこそ、市民が結集できる組織が求められる。その拠って立つ概念は、東欧革命で確立した「自由・人権・民主主義」だ。これに「環境」と「自立」を加えてもいい。実行力ある市民団体を、歴史は今、求めている。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

▲ページのトップへ