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原発反対の祝島から福島を見る

「あけぼの」2011年6月号より 伊藤千尋


東日本大震災は天災だが、それに続く福島第一原発の事故は明らかな人災だ。

地震から1週間後、私は新しい原発の建設計画がある山口県上関町かみのせきちょうと、30年近くにわたって反対運動を続けている同町の祝島を訪ねた。

JR広島駅から在来線で柳井駅へ。ここからバスに乗って1時間半で上関町室津に着いた。定期船乗り場の前に原発反対の団結小屋がある。ここで、反対運動の若い闘士、山戸孝さん(33歳)に会った。

山戸さんは祝島で農業をするかたわら、インターネットで原発反対を全国に発信している。父の貞夫さん(63歳)は祝島の漁協組合長を務め、原発反対運動の先頭に立ってきた。孝さんは4年前の町長選に立候補するなど、今や反対運動の前面に立っている。

「環境で飯が食えるか、という漁師がいます。でも、環境が良くなければ第一次産業は成り立たない。だったら、海や山は生活の礎です。それを守らなくてどうしますか」

山戸さんの主張は明確だ。

放射能におびえる福島第一原発に触れて、山戸さんは言う。「消費者は福島原発の近くの産物は買わなくなるでしょう。放射線にさらされた土地に生きる農民は、絶望するしかないと思う」

山戸さんには3歳と9か月の2人の娘がいる。「今、福島で津波や放射能におびえる人々の姿は、未来の自分の姿です。自分の膝の上にいる子に、こんな思いは絶対にさせたくない」

原発は、いったん完成して稼働を始めれば核分裂を繰り返す。周辺の人々は毎日、放射能被害におびえる。「事故は起きない、安心して」と電力会社は言うが、現に起きた。

すると会社は「想定外だった」と言い訳する。あらゆる事故は想定外だ。それが自然災害だ。想定外のことが起きても水力や火力発電所は止まるだけだが、原発は放射能をまき散らす。人間が制御できない災厄をもたらす。そうなってからでは、遅い。

      ☆    ★    ☆    ★    ☆

山戸さんの人生を聞いた。大阪で会社員をしたが、6年前に祝島に戻った。きっかけは祭りだった。祝島には「神舞(かんまい)」という、千年以上にわたって続く伝統的な祭りがある。その踊り手が足りないので、父から呼ばれたのだ。そのまま島に住み、独学で学んだインターネットの技術を駆使して漁協の仕事をした。

放置された段々畑でびわを育てると、おいしかった。自分の作物を育てることの喜びを知り、農業を始めたという。最先端のIT技術と、土地に根差す農民の意志の両方を備えている。

感心したのは、原発に反対するからには島の電気を太陽光などで100%自給しようという自然エネルギー開発にも取り組んでいたことだ。「ロマンで運動しているのでありません。地域に可能性を感じるからです。祝島の在り方が日本の将来をつくるという意気込みを持っています」と言う。

焼酎を飲みながらの話は弾んで、家庭について聞いた。妻の明代さん(30歳)は、原発の建設地で祝島の対岸にある長島の主審だ。山戸さんの父が町長選に立候補したさい応援に来たのが縁で知り合った。

結婚が決まったとき、明代さんは条件を挙げた。それは1年の半分を実家に帰って農作業をすることだ。明代さんの実家では父が早くに亡くなり、母が田を耕していた。こんなとき田を売ってさっさと嫁ぐのが現代だが、明代さんは田を自分が耕すことに執着した。

なぜ結婚の相手として明代さんを選んだのかと問う私に対して、山戸さんは言った。「働く人の手をしていたからです」。明代さんは、よほどきちんと働いている人間の手をしていたと言うのだ。普通なら「白魚のような手」をした女性を望むのが男心だろうが、山戸さんも、明代さんも、この若い夫婦は実にしっかりと生きている。

すっかり話しこんで夜はふけ、私は山戸さんと、そのまま団結小屋に泊まり込んだ。翌朝6時の船にいっしょに乗り込み、祝島を目指した。

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0分で島に着いた。私は仕事に向かう山戸さんと別れ島を回った。港を見下ろす一帯に集落があり、500人弱が住む。石と漆喰を固めた練塀ねりべいという独特の造りの塀の民家が密集する。通りで出会う人ごとにあいさつの言葉が飛び交う。だからあちこちで話し声がする。

岸壁から海をのぞいて驚いた。20センチ以上のアジが群れて手ですくえそうなほどだ。その目前、海の向こうの対岸の長島に、原発の建設予定地が見える。帰りの船は、原発反対運動を続けてきた山戸さんの父貞夫さんといっしょだった。「福島の事故は、人間の思い上がりが表面化したものです。いざというとき離島では、避難することもできません」

それを聞いて私が思い出したのは、平和憲法を持つ中米コスタリカのカラソ元大統領の言葉だ。「自然を破壊するのは、人間の無知と欲です」

「原発は安全です」という文句を鵜呑みにするのはたやすい。でも、無知を許せばあとで取り返しのつかない破滅を招く。開発に賛成すれば大変な額の補償金をもらえて、当座はうれしいかもしれない。しかし、それが自分の人生も、自然も滅ぼす。

自分で考える力を持ち、補償金を拒否する意志を持った人が、この日本の離島にいる。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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