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市民の力で「核」からの脱却を

「あけぼの」2011年11月号より) 伊藤千尋


若者は夢を求めて新しい世界に旅立つ。いや、年齢に関係なく、新しい価値観を求めて止まない人は精神的には若者なのだろう。しかし、求めの旅には苦悩がつきまとうものだ。

「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」

そう言ったのはフランスの思想家ポール・ニザンだ。彼は両大戦間の1930年代に「老いて堕落したヨーロッパにノンを突きつけ」、未知の世界アラビアに旅立った。そのときに書いた『アデン・アラビア』の冒頭が、この文である。

彼の孫のエマニュエル・トッド氏が来日し、9月初めに東京のプレスセンターで記者会見をした。彼は祖父にもまして有名人だ。人口学者として地域の人口統計をもとに旧ソ連の崩壊や米国の衰退、アラブの革命を予言した。米国が進める経済のグローバリズムを徹底的に批判する世界の知識人の急先鋒でもある。

そのトッド氏に女性記者が質問した。「あなたは日本が核武装すべきだという考えの持ち主だが、福島の原発事故で日本国民の反核感情がいっそう高まっている今も、同じ考えですか」と。彼はこう答えた。

「日本の将来の選択は3つしかない。今のまま米国に追従するか、これから台東する中国に服従するか、それが嫌なら自ら核武装することだ」

会場がざわめいた。

ドゴール大統領の時代、冷戦の覇者である米国と旧ソ連のどちらかの傘にも組み込まれたくないと、フランスは独自に核兵器を開発した。その思想が今、米国に続く世界第2の原発大国となってエネルギー政策にも継承されている。トッド氏の考えはその発想の延長線上に立つものだ。つまり、20世紀の核抑止の考え方にとらわれたものである。

ならば言いたい。

「かつて20世紀だった。それが人類の歴史でいちばん美しい時期だなどとだれにも言わせまい」

戦争に明け暮れ、武力には武力をという発想しか持ちえなかったのが20世紀だった。その発想の行きつく先が、最終的に残った超大国である米国を襲った9.11のテロではなかったか。

暴力による解決を信条とするなら、その刃はいつか自らに向けられるだろう。暴力の連鎖を断ち切るため、21世紀には別の価値観が求められるべきだ。

      ☆    ★    ☆    ★    ☆

新しい価値観は、古い価値観にしがみついた世界からは生まれない。核兵器の犠牲を2度にわたって大量に出し、今また自ら核エネルギーの大量の被害者を出した日本から我々が発信しなければならない。

その前に思うのだが、「安全神話」があれだけ叫ばれたにもかかわらず、原発事故が起きた。ならば核兵器の事故が絶対に起きないと言い切れるのだろうか。人間が管理する以上、手違いで核兵器が暴発する可能性がないとは言えないだろう。

銃社会の米国では銃の乱射による死者が続出している。核兵器がこれだけ拡散した現代、世界のどこかで核兵器による事故が起きていないことのほうが不思議だ。核兵器によるテロよりも、ずさんな管理による事故のほうが心配だ。「平和利用」の原発でこれだけの被害を出したのだから、もともと戦争のための兵器が起こす被害の度は原発どころではないだろう。

人類は20世紀に核兵器の脅威を知った。同じ20世紀に原発の事故も旧ソ連のチェルノブイリと米国のスリーマイル島で2度にわたって経験した。その過去からきちんと学ばないまま、21世紀に入った。

いま、原発の事故を機にヨーロッパをはじめとする世界は、核エネルギーから自然エネルギーにシフトする時代に入った。環境問題がこれだけ言われる中、失敗を教訓として人類はようやくエネルギー面で、自然との共生に具体的に歩み出したのだ。

核エネルギーの次は核兵器の番だ。核兵器を基調とする「核による平和」から「対話による平和」へと移る時代だろう。

トッド氏が会見で「世の中が変化するのを探る指標」として挙げたのが出生率と識字率、そして同族同士の結婚の割合に当たる内婚率だった。

女性の識字率が高まれば女性の者気進出につながり、出生率の低下をもたらす。それは子どもに目配りできる社会を生む。内婚率が低くなると社会が開かれる。圧倒的に多い若者が字を読めるようになり新しい社会に目を開けば、民主主義への運動が起きる、と。旧ソ連もアラブも、まさにその道をたどったというのだ。

部分的な例外はあるが、世界は着実に識字率の上昇、出生率と内婚率の低下にむけて変化しているという。10月で世界の総人口は70億人に達するが、総体としての人類は賢くなっているのだ。

これを書いているたった今、民主党の前原誠司政調会長が米国で講演し、自衛隊の海外派遣の際に武器使用の基準を緩和し、兵器の輸出解禁に道を開く武器輸出三原則見直しを唱えたというニュースが入ってきた。

原爆と原発の被害を浴びた日本が依然として20世紀の価値観にしがみつくなら、世界はどうやって発展できようか。原発を推進し、事故の処理も誤るような政府には、平和への道も期待できない。

旧ソ連やアラブの旧世界を崩壊させたのは市民の力だった。今や旧ソ連以上に管理化が進み、いじめがはびこるいびつ社会日本を変えるのも、市民の運動でしかないだろう。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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