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活憲とヒューマンライツ(人権)

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身体も社会も破壊する原発

「あけぼの」2011年12月号より)  伊藤千尋


秋晴れの10月の土曜日、福島市の小学校で運動会が行われた。校庭に歓声が響く。しかし、いつもの年とは違う。たった2時間だけだ。運動会につきものの綱引きも玉入れも行われなかった。

福島第一原発の事故で飛び散った放射性物質が今も町中に残っているため、子どもは一日当たり2時間しか外にいてはいけないことになっている。遊び盛りの子どもが、ほとんど一日中、屋内にいる生活を3月11日以来、ずっと強いられてきた。

半年以上もその状態が続くと、どうなるか。まず、子どもが妙に青白く体つきが丸い。まるでブロイラーのようだ。徒競走で転ぶ子が続出した。ふだん運動ができず、外を走っていないからだ。

徒競走を終えてふうふう言っている子どもたちだが、しゃがみこむだけで地面にお尻をつけない。お尻をつければ服に土が付き、放射性物質も付着するからだ。子どもが肉体的にも精神的にも休めない。

子どもたちの席は、砂の上にビニールシートを敷き、さらに教室から持ち出した椅子に座った。校庭の土は入れ替えたのだが、それでもなお放射性物質に用心する。シートを敷かない場所に置いた倚子には、4本脚が土に接する部分にビニールテープが巻かれている。運動会が終わると、このテープをはがしてビニール袋で回収した。

短い時間で行われたのは、徒競走とリレー、団体競技、鼓笛隊の演奏の4つだけだ。高学年の団体競技に競馬戦があったが、これに参加しない生徒がかなりいた。体が土につくと放射性物質が付着するというので、親が子をそもそも運動会に参加させなかったのだ。子どもは年に一度の楽しみを奪われた。

それだけではない。運動会に出ない子はみんなと違った行動を取ることで引け目を感じてしまう。人間関係に亀裂が生まれるのだ。普段の学校生活でも、給食の時間に出される牛乳を飲まないようにと親から言われた子がいる。牛乳を飲まなければ周りの子から白い目で見られる。子は、親に従えば仲間から浮くし、仲間との関係を重視すれば親から叱られる。

原発の問題は、放射能の拡散だけにあるのではない。子どもの友達関係にひびを入れ、小さい胸を痛めさせるのだ。

子どもだけではない。大人の社会にも亀裂を生んだ。県外に親戚がいるか経済的に余裕のある家庭は引越しした。しかし、それができない家庭は残るしかない。経済格差が命の格差につながる。

原発から20キロ圏に住む人々は直ちに避難を強いられたが、原発から60キロ離れている県庁所在地の福島市でも住民は不安を抱きながら、そのまま住み続けている。「30年の住宅ローンをかかえた家を去るわけにはいかない」という主婦もいる。

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何をしたらいいのかがわかれば、それなりに対策ができる。最も不安なのは、どうしたらいいのかがわからないことだ。このまま福島市に住んで健康に問題がないのかどうか、とうう基本的な点でさえ学者の意見が分かれる。

ある学者は「安全だから、住むのに何の問題もない」と言い、別の学者は「危険だから、直ちに、県外ににげたほうがいい」と言う。だれを信じていいのかわからない。判断の基準が決められない。

何かをしなければ、という思いで放射線の線量を測る線量計を買った市民も多い。子ども3人を抱える母親はバックから線量計を取り出して数値を見せた。「毎日10マイクロシーベルトずつ溜まっています」と声を潜めて言う。

原発が出す放射能は、確実に市民の身体をむしばんでいる。この線量計は個人で買ったものだ。一個が7万円もした。「この費用だけでも東京電力が払ってくれないものでしょうか」と問いかける目は真剣だ。

不安を鎮めるために、「大丈夫だから」と無理に自分に言い聞かせようとする。「不安を怒りに変えなければと思うのだけれども、怒るだけの力もなくなってきた」と語る母親もいる。みんな疲れている。

人々をこのような不安に陥れていながら野田首相は国連で、今後も原子力発電を進めることを宣言した。

10月初旬、ドイツの映画が東京で上映された。原発をやめて再生可能エネルギーに変えようとする今の世界の動きを描いた「第4の革命」だ。ドイツは福島の事故を受けて保守系の政府が脱原発を宣言したが、自然エネルギーにシフトするドイツの状況や、自然エネルギーで村おこしをするアフリカの様子などを描いた。

上映後に、監督のフェヒナーさんが舞台に上がって観客の質問に答えた。福島の事故のあと、脱原発を目指す世界の動きの速度が変わったという。ドイツでは大企業も核エネルギー事業からの撤退を宣言した。

日本では脱原発は無理だという声が会場から出ると、監督はやさしく、しかし力強く言った。

「一人ひとりが行動を起こすことで世界は変わっていく。機が熟せば、世界を動かすこともできる。アラブの革命がそうだったし、ベルリンの壁の崩壊もそうだった。だったら積極的に機を熟させればいい。節電でも断熱材の使用でもいい。一人ひとりの小さな行動が、大きな動きをもたらす。みなさん、行動しましょう」


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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