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原発を拒否するコスタリカ

「あけぼの」2012年2月号より )   伊藤千尋


平和憲法を持ち、日本と違って本当に軍隊をなくした中米の国コスタリカ。この国で初めて女性の指導者となったチンチージャ大統領が来日し、12月7日に東京の日本記者クラブで会見を行った。

コスタリカの女性といえば中南米でも美人で知られるが、彼女の顔つきはむしろ精悍と言ったほうがいい。かつては治安を担当する内務公安大臣を務め、犯罪の防止に手腕を発揮した。不正は断固許さない、と言いたげな鋭い表情だ。

最初に彼女が強調したのは、コスタリカと日本が「民主主義、ヒューマニズム」など共通の価値観を持っており、それが今後も続くように願っているということだ。

うーん、コスタリカはともかく、東京や大阪の選挙で独裁的な政治家が圧勝する日本が民主的と言えるのか。1年に3万人も自殺する社会が人間的なのか。建前は民主主義、人間的でも、中身や違っているのが現在の日本ではないのかと考え込む。

大統領はそのあと東日本大震災に触れ「大地震と津波から立ち直った日本をコスタリカ国民は尊敬している。戦後から復興した日本は再び見本を示してくれた」と語った。

そこまでまだ復興してはいないが、世界が日本をこのように見ていることは事実である。震災の直後、あれだけの被害にもかかわらず日本人がパニックに陥ったり暴動や略奪に走ったりすることなく、みんなで助け合って苦境を乗り切ろうとする姿に世界のメディアは驚いた。

次に大統領は、日本が公害を克服して世界の環境問題の模範となった過去に触れ、クリーンなエネルギーを追求する日本の技術をたたえた。「日本はクリーン・エネルギーで世界のリーダーになれる」と述べ、今回の訪日でコスタリカの地熱発電に日本の協力を進める協定書を交わすことになっていることを明らかにした。

コスタリカは総電力の90%自然エネルギーだ。水力や地熱、太陽光、風力発電にこれから力を入れていいく姿勢だと強調した。発言の最後は、平和と気候変動の問題で日本とコスタリカが手を携えて世界に寄与しよう、経済の面でもつながりを深めたいという宣言だった。

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私は日本記者クラブの依頼で、冒頭の質問に立った。いつもは簡潔に質問するのだが、今回はいささか感慨を込めて過去の取材体験から語り出した。

コスタリカを私が最初に取材したのは1984年だ。このとき、エネルギー事情を取材すると、電力のほぼすべてを水力と地熱発電でまかなっているとのことだ。地熱発電という、当時としては耳新しい言葉を聞き、地下のマグマの熱を利用して発電する方法があることに驚いた。さらに驚いたのが、コスタリカの地熱発電は日本の技術で完成した発電機を使っていたことだ。

日本は平和憲法を世界で初めて定めて軍隊をなくすと決めながら、すぐに自衛隊を組織した。地熱発電という世界に誇る技術を持ちながらそれを無視して原子力発電に走った。せっかくいいものを持ちながら自分では使ってこなかったのが日本だ。コスタリカは日本生まれの良いものを社会づくりに活かしている。

その後も私はコスタリカを何度も訪れ、元大統領が経営するエコツアーの山小屋にも泊まった。こうした体験は大統領に話し「コスタリカは環境・エネルギー問題で世界に提言できる国だ。現在の世界の環境問題にどう立ち向かうのか」と問うた。

さらに今の日本の原発問題を説明し、将来コスタリカが経済発展したときに原発を建設することがあるのか、と質問した。

これに対してチンチージャ大統領はまず、環境問題で先進国の努力が足りないことを指摘した。カギを握る先進国が気候変動で約束を守らないかぎり、地球環境に劇的な変化は望めないと考えている。コスタリカは大気中の二酸化炭素の削減で先鞭(せんべん)をつけた国なのに気候変動の影響を受け、自然災害が多発していると先進国の怠惰を批判した。

そして原発については、「過去に原発の計画はなかったし、未来にもありません」と、明確に否定した。

他の電力源があるし、今は再生可能な自然エネルギーに投資している。今回のフクシマの事故で原発は安全のためのコストが莫大であることが再確認された。「だからコスタリカが原発に投資することは、今後ない」と明言した。

うんうん、そうだよな。

帰社後、私に電話がかかってきた。朝日新聞社の編集担当重役からだ。実は大統領会見のさい、司会をしたのが彼だった。彼は「さっきの話はよかったよな。原発を拒否するというのは時宜にかなっている。で、君が記事を書くの?」と問う。会見には朝日新聞の若い記者も来ていたので彼が書くと言うと、「自分からも声をかける」と興奮して言った。

翌朝、新聞を見て驚いた。たしかに記事は載っており原発のことも書かれている。でも、載っているのが経済面で、見出しは両国の経済協力を進めるという内容だ。記事をかなり読まないと原発の記述までたどり着けない。これでは一般の読者にとってコスタリカの原発拒否の姿勢はまったく伝わらないではないか。たぶん重役も苦々しい思いだろう。

事実をどう報道するか、発言の何を優先するかで、伝えるべき報道が伝わらない。電力会社とともに変わるべきは新聞の報道の姿勢だと思う。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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