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活憲とヒューマンライツ(人権)

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高校生がまっすぐに育てる国へ

「あけぼの」2012年3月号より )  伊藤千尋


昨年末、キリスト教を教育の指針とした都内の女学園に赴き、中学3年から高校3年まで40人ほどの女子生徒と2時間以上も話した。

その1か月前にこの学校の400人ほどの生徒を前に講演したさいに、質問が続出した。もっと質問したい人は用紙に書いて出してくれるように言ったら、なんと100人以上の生徒が質問を寄せてきた。希望者には直に答えようと、2度目の話す機会を設けたのだ。

そもそもの講演は、この学校が毎年行っている平和学習の一環だった。校外から講師を招いて中学3年以上の全生徒が講堂で話を聴く。わたしが用意した題は「広い世界に、自分を拓く」だった。最近、高校に招かれて講演するさいは、このタイトルで話すことにしている。狭い世界に閉じこもりがちな今の若者に、別の生き方があることを知ってほしいからだ。

今の高校生は昔の高校生に比べて、はるかに精神的に追い込まれている。高校生のうちに自分の人生を決めなくてはならないと思い込んでいるのだ。高校生のうちにどんな職業に就くかを決め、そのための大学と学部を選ばなければいけないと考えている。

でも、高校生程度の知識で自分の人生が決められるわけがない。まだ世の中にどのような仕事があるのかさえ知らないのに、早くも自分の専門性を決めるなんてできるわけがないではないか。

狭い知識から自分の人生を即断しようとすると、身近な人やテレビのドラマを見て知った程度の職業しか浮かばない。あるいは世間の聞こえがいい会社に就職することしか思いつかない。悪いことに就職氷河期が続き、耳に聞こえるニュースはリストラばかり。周囲に見えるのは疲れた大人だ。すると自分の人生の行きつく果ても見えてくる。だから希望をなくし無気力になる。とりわけ男子生徒は一家を背負わなくてはならないという気負いがあり、先を考えただけで気が滅入る。彼らに元気がないのは、このためだ。

だからわたしが高校生に話す講演ではまず、この思い込みを打ち破ることにしている。なにも高校生の段階で人生なんて決めなくていいし、決められるわけがない。そう言うだけで、高校生たちは安心する。世の中には今の君たちの知識では思いつかない職業もあり、異常な日本を出て世界に羽ばたけば自分に合う場所を見つけることができる。実際にそうやって自分の仕事を開拓して輝く人生を送っている人がいる。そんな実例を示すだけで、彼らの表情は見事に一変する。

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男子生徒でさえ元気になるから、もともと元気な女子生徒はもっと活発になる。わたしが講演に訪れた女学園の生徒たちは、実にしっかりしていた。講演の冒頭は、原発のをめぐる状況や自然エネルギーの可能性について話した。そのあと、独裁下の南米チリでローマ法王を前に軍事政権を批判した若者の話をすると、目に涙を浮かべる生徒もいた。(先生もいた)東欧革命のさいに20年にわたって独裁政権を批判した女性歌手がいたことを話すと、身を乗り出して聴いていた。コスタリカが平和憲法を使って世界の平和に貢献していることを話すと、多くの生徒がうんうんとうなずいた。

1時間半の話を終えると、質問のラッシュだった。時間が足りなくなったので、ほかに質問したければあとで書いて出すようにと言うと、質問でびっしり埋まったA4の紙が118枚、届けられた。紙の裏にまで書いたものもある。今の子が無気力だなんてウソだ。やる気に満ちていることが、紙の束から感じられる。

高学年の子は「日本は多額の債務を抱えているが、返済のために自分に何ができるか」「TPPに参加すべきか否か」「絶対に安全な原発の製造は可能か」などと書いている。一見して思ったのは、現在の世界や日本の状況をしっかりととらえて自分で考えようとしている子が多いことだ。一方で、状況を否定的、悲観的にとらえがちだ。閉塞した今の社会の思考の傾向を反映しているのだろう。

低学年の子の質問で感じたのは、問題を考えるさいに素直な発想をする子が目立つことだ。

「日本は豊かだというがストレス社会で幸せそうには見えない。スペインなどは倒産しそうにもかかわらず国民は幸せそうだ。わたちたちはどんな国を目指すべきか」「自衛隊は不要だと思う。災害復興で役に立ったが、それにしても迷彩服で行く必要はなかったのではないか」「テレビをなんとなく見て丸呑みする国民ではいけないのではないか」

まさに、そのとおりだろう。日本がどんな国を目指すべきか。その答えは、あなた方がそのまままっすぐに育っていけるような国を目指せばいい、と言いたい。

前回の連載でここに書いた中米コスタリカを訪れたさい、学校を訪問して先生に「あなたの教育の目標はなんですか」と問うた。先生は「この学校を卒業したときに、自分の頭で考え行動する、自立した人間を育てることです」と答えた。これこそ教育者の目標だろう。それが実現すれば「丸呑みしない国民」になる。

日本の受験教育は、ともすれば生徒に「丸呑み」を強いることに陥りがちだ。その結果、何も考えず他人に頼る従属志向のロボットしか生まれない。自立する社会を求めるなら、せっかく持った子どもたちの良い資質をまっすぐに伸ばすことだ。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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