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活憲とヒューマンライツ(人権)

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一人一人がやれば世界は変えられる

「あけぼの」2012年6月号より)  伊藤千尋


コスタリカを訪問したさいに、平和憲法を創り出した功労者、故フィゲーレス大統領の夫人カレン・オルセン・フィゲーレスさんを自宅に訪ねてお話をうかがったが、その続きを報告しよう。

「国の費用を軍隊に使うということは、だれかが殺される危険に常に瀕しながら暮らすことになります。その額を最先端の技術や教育に使えばどんな違いが出てくるでしょうか」

カレンさんは、軍隊をなくして、軍事費を教育費に回したコスタリカの精神をていねいに語った。

「私はもともとデンマーク人です。大学教授だったコスタリカ人の夫と結婚し、コスタリカにおいでと言われたとき、コスタリカがどんなところかわからず心配しました。でも、コスタリカ人も同じ人間でした。こんな遠くまで来てくれてありがとうと言われました。我が家で働いているマイラは、隣のニカラグアから来た難民です。顔つきはコスタリカ人とは違いますが、同じ人間です。人間はみんな、同じなんです。どうして殺しあう必要があるのでしょうか」

「私がなぜこんな話をするかと言えば、憲法を変えて再び軍備を正当化しようとしう今の日本の動きを心配するからです。ニカラグアとコスタリカは、国と国とは対立することがあります。でも、人と人は深いところでまったく同じです。日本で軍隊を正当化しようという人々は『防衛のための軍隊』という言い方をしていますが、そうやって軍隊を拡大していくと、今は友だちの隣国がやがて敵国に変わりかねません。今、闘うべき相手は気候変動です。これこそ今の人類が立ち向かわなければならない闘いです。コスタリカには多様な生物がいます。人類だけではなく生物を守るためにも、気候変動や人類の調和のために闘わなければなりません。人類同士が戦争をしている場合ではないのです」

「女性の社会進出について話しましょう。コスタリカでは憲法で男女同権をうたいました。でも、女性は参政権をただありがたく受け取ったのではありません。男性より政治に参加する意識が高いのです。政府機関では職員の50%が女性でなくてはならないという義務が守られています。ただし、民間企業はそこまでは女性の進出が進んでいません。女性は家の中では支配人のような存在です。子どもが病気になれば看護師になり、子どもの先生にもなり、男性よりも規則正しく家事をこなしています。とはいえ、コスタリカが安全に男女平等とは言えません。とりわけ民間企業の女性の給料は男性よりも少ない点が問題です」

「隣国のニカラグアから、経済難民が100万人規模でコスタリカに押し寄せています。我が国では移民も、元からいた国民も平等だと法律で規定しています、我が家で働いているニカラグア人のマイらは、本国では仕事がないためやってきたのです。ニカラグアでは女性の教育の下地がありません。女性の社会進出など考えられない状況です。ニカラグアの政府が女性のための予算を組んでいないのです。難民が増えるとコスタリカ人の中に、難民に仕事を奪われるのではないかと考える人が出てきました。唯一の解決策は両国がお互いに学ぶことです」

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ここまで一気に話したとき、聴いていた日本人訪問団の男性の一人が、急に床にひざまづき、目に涙をためながら叫んだ。私は40年間、国のために働いてきました、明日からは人々のため、社会のために働きたいと思います。」一行からは拍手が沸いた。カレンさんは、うなずきながら話を続けた。

「最後に、コスタリカが軍隊をなくしたときのことをもう少し詳しくお話ししましょう。きっかけは、不正選挙でした。投票箱が盗まれたのです。それをめぐって対立が起きました。民主主義の闘士として立ち上がったのは、教師やプロフェッショナルな仕事を持っていた人々など、高等教育を受けた人々でした。闘いで勝利した新しい政府は、選挙の公正を守ると宣言しました」

「政府の中心にいた夫は当時、向き合う問題について考えました。これっぽちしかない予算を軍隊に使うか。それとも今直面している問題に使うか、と考えたところ、答えは一目瞭然でした。大きな反対もなく、みんなが一致して軍隊の廃止に向かったのです。それから60年たちましたが、軍隊があったほうが良かったと考えるコスタリカ人は一人もいません。教育を受けた人が教育の重要性を説いたからこそ、軍隊をもたないでいられるのです。教育を受けた者だけが勝利を見据え、行動することができるのです。動機を持った国民は、自ら立ち上がって国を良い方向へ向けていけるのです」

「若者に質問してみましょう。兵士になりたいか、それとも良い教育を受けたいか、と。兵士になって上官から怒鳴られて自分のやりたいことでなく、人殺しをさせられるのを望むでしょうか。若者に、『あなたは本当に大切な人だ』と語りかけてください。『あなたは、あなた自身にも国にも社会にも、大切な存在だ。つまらない戦争で命を失ってほしくない』と語りかけてください」

「世界には一人一人が必要です。一人の行動が必要です。私たち一人一人が少しずつこの世界を変えて行けば、世界は変えられます。人生で向かう場所は戦場ではありません。あなたは生きていなくてはならない、と語りかけましょう」


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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