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活憲とヒューマンライツ(人権)

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環境の里は、自由民権の里

「あけぼの」2012年8月号より) 伊藤千尋


政府に頼らず自分たちで自然エネルギーの町をつくりあげた高知県梼原(ゆすはら)町を 5月、再訪した。珍しい街づくりを自分の目で見たいと全国から集まった 17人といっしょだ。町で泊まったあとは「最後の清流」と呼ばれる四万十川に沿って下り、自由民権の気風が今も色濃い高知県の各地を訪ねた。

梼原町は町民投票に基づいて町費で風車 2基を建て、余った電力を四国電力に売って得た年収 4,000万円を環境基金として蓄え、太陽光や小水力発電など自然エネルギーの仕組みをわずか 10年でつくりあげた。

さらに予防医療の仕組みも確立し、病気になる人がきわめて少ない。環境と適合し、安全に暮らせ、ものごとを民主主義で決める。管理主義のはびこる日本では珍しい、文字通りの「自治」体だ。

高知空港からバスで「龍馬脱藩の道」を上り、 2時間で「雲の上の町」梼原町に着いた。待ち受けていたのが昨年会った前町長の中越武義さんだ。荷台にスコップを積んだ軽トラックを自分で運転しながら、先導してくれた。

まず案内してくれたのが棚田だ。司馬遼太郎氏が「万里の長城よりもすごい」と絶賛したという。石垣が丁寧に積み重ねられ、 2.2ヘクタールの階段状の田が天に伸びる。地元の農民は減ったが、都会の人がやってきて地元のお年寄りに教わりながら田を耕している。

町役場を訪ねた。博物館かと見まがう芸術的な木造りの2階建てだ。老朽化した庁舎を立て直すときのコンセプトは、町民にとって使い勝手が良く、地域とマッチし、町民の安心を守る、の3つだった。役場の建物に銀行や農協も入れ、町民があらゆる手続きを一度にできるようにした。町民と目線を同じくするため、3階建てコンクリート造りだったのを2階建て木造にした。材料の木材はすべて町内産だ。庁舎内の議会の部屋は、災害のさいには町民の避難場所に活用する。役場の屋根には太陽光パネルを敷き詰めた。

中越さんは、私の質問に答える形でこれまでやってきたことを語った。「風森水光の4つで町を興そうと考えました」と言う。武田信玄の風林火山のようだ。「風力発電で売電した費用を環境基金にしたのは、自然で出たものは自然に返すという発想からです」「学校の太陽光発電を子どもが管理するようにした結果、子どもの影響で親が変わり、家庭でも自然エネルギーに向かうようになりました」。含蓄のある言葉が続く。

中越さんは突然、私のほうに振り向いて「伊藤さんに新聞で報道してもらって以来、3,000人がこの町に調査に来ました。来るときは午後3時以降にしてくれと言っています。町に泊まってもらうためです。これで地域の経済が潤います」と笑う。したたかなのだ。

初めて聴くこともあった。一人暮らしのお年寄りが自宅で倒れていてもわかるように、独居老人家庭には町営で光センサーを取り付けているという。このため、危ういところで命が助かったお年寄りが多数いる。

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翌日は自然エネルギーの現場を見た。四国カルストの山頂に登るとデンマーク製の風車がゆったりと回る。高台から見下ろす町内の民家は、あちこちが太陽光パネルで光る。中学校のそばを流れる川をせき止めて小水力発電をしている。温水プールの熱源は地熱だ。

感心しながら町を離れた。梼原町は四万十川の水源の地だ。川に沿って下ると、滔々(とうとう)と流れるこの川は次第に川幅が広くなる。あまりにゆったりとしているため、川面はまるで湖のように静かだ。どちらが上流でどちらが下流かわからないほどだ。

途中、沈下橋をいくつも見た。実際にわたってもみた。水量が増したとき、橋は川の下に沈む。流れに逆らうような頑丈な造りにすると、上流からの流木で橋が堰(せき)となり、洪水の原因となりかねない。自然と人間がほどよく共生しながら生きて行こうとする発想からつくられた。

中流には小学校の建物をそのまま宿舎とした四万十楽舎があった。2日目はここで泊まった。夕食をつくってくれた女性は、実はCDも出している地元の歌手だ。高校生のときに高校ゼミナールという自主学習のグループに参加し、第5福竜丸と同じ時期に高知県の漁船が何隻もビキニ沖で被曝したことを聞き取り調査で明らかにした人だった。その記録が間もなく映画になるという。

ゼミナールを組織し、彼女らを指導した、当時の高校教師、山下正寿さんに翌日、四万十市で出会った。場所は市役所の市長室だ。市役所の壁には大逆事件で刑死した幸徳秋水の巨大な写真が飾ってある。2階の図書室の一角には秋水の資料室がある。市長は「幸徳秋水は郷土の偉人です。坂本龍馬は国内だけでしか知られていないが、秋水は龍馬を上回る世界的な大人物です」と語る。昨年は彼の死後100年に当たり、シンポジウムなど大きな催しを市がいくつも主催した。

天皇制を否定して極悪人の扱いを受け、今なお口にすることすらタブーであると思われている幸徳秋水を、市長が偉人とたたえる。さすが自由民権の地だ。高知市に行くと自由民権記念館があった。立志社の歴史や植木枝盛(うえきえだもり)の憲法草案などが展示してある。植木の遺稿が印刷して置いてあった。

「未来が其の胸中に在る者、之を青年と言う」


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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