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活憲とヒューマンライツ(人権)

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原発を廃炉にして 地熱発電で世界2位になったフィリピン

「あけぼの」2012年9月号より) 伊藤千尋


原発を造ったのに稼働させなかったオーストリアについて以前、この欄で書いたが、アジアにも同じことをやった国がある。フィリピンだ。せっかく建設した原発を一度も使わないまま廃炉にした。その分、自然エネルギーを開発し、今や米国に次ぐ世界第2位の地熱発電の大国に成長した。6月、このフィリピンを再訪した。

首都マニラから西へ車で4時間行くと、バターン半島だ。戦時中の日本軍と米軍との激戦地でもあり、その後に日本軍が捕虜を炎天下飲まず食わず歩かせて「バターン死の行進」として戦争犯罪の対象とされた地でもある。かつて、捕虜10万人以上が歩いた道筋には、1kmごとに墓のような道標が置いてある。

そのバターン半島の先、海に面した断崖の上に、金網に囲まれ、巨大なコンクリートの要塞のような建物がそびえていた。窓のないビル、と言おうか。不気味な灰色の塊がバターン原子力発電所だ。

マルコス独裁政権だった1980年代に、巨額の金額をかけて建設した。しかし、できあがったときの建設費は予定額の4倍以上の膨れ上がっていた。マルコス一族が着服しただけでなく、米国の会社にも不当な利益がもたらされたと言われる。

独裁への不満は1986年2月に民主主義を求める市民のうねり「ピープル・パワー」となって現れた。マルコス政権は打倒され、女性のアキノ大統領による政権が生まれた。

その2か月後の4月26日、旧ソ連のチェルノブイリで原発事故が起きた。アキノ政権の対応は早かった。わずか4日後、バターン原発を一度も使わないまま廃棄することを決めたのだ。

一度も使われなかった原発は今、観光名所となっている。奥深くまで一般市民が足を踏み入れることができる原発は、世界にここだけだ。入場料150ペソ(300円)を払えばだれでも、ガイドつきで内部を見学できるのだ。私のガイドとなった男性のレイさんは57歳、原発が建設中からここにいる技師だ。

建屋の中に入ると、だだっぴろいホールのような部屋があった。高さ3mの円筒状のタンクがある。海水を真水に変える装置だ。しかし、足元に目をやると、床に水が流れている。建屋の屋上から雨漏りしているのだ。「予算がなくてね」レイさんは肩をすくめた。予算のせいで建物の中の照明も暗い。

狭い鉄の階段を、彼について上り下りする。分厚い扉を開けて中に入ると、ほとんど密閉状態だ。だんだん息苦しくなる。厚さ1mのコンクリートの壁の向こう、分厚い扉を二つ通った先に、湾曲した大きな鉄の釜のようなものがあった。原子炉だ。

その入り口の扉の下の溝を見ると、黒いゴムがはずれていた。強化ゴムでパッキングしていたのだが、地震のためにとれてしまったと言う。福島の原発も、津波の被害だけでなく、地震による損傷がかなりあるのではないか。

原子炉のわきの階段を上った上には、燃料棒を入れるプールがあった。燃料棒は取り去られているが、プールから棒を抜き取って原子炉に入れるためのクレーンの操作も実地に見せてくれた。設備が整っているとはいえ、現場での手作業だ。作業の手順を少しでも間違ってしまえば、大事故につながることは明らかだ。

それにしても息が詰まるような場所だ。慣れた作業員でも、こんな所で働くのは嫌だろう。

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原発に代わったのが、自然エネルギーだ。同じルソン島にあるマクバン地熱発電所を見に行った。今から40年近く前に操業を始めた。フィリピンの中でも古い地熱発電所だ。1,062haもの広大な敷地に発電機10基を抱えている。ヘルメットをかぶって敷地の中に入った。

門をくぐって左側にあるのは、高さ10mほどの建物で、上から滝のように水が流れ落ちている。汽水冷却塔だ。「日本の三菱製です」と案内してくれた女性技師ジョゼフィンさんが話す。大分県の八丁原にある地熱発電所と構造も施設もよく似ている。

制御室に入った。ガラス窓の向こうは倉庫のような広い部屋で、真ん中に巨大な発電機が設置してある。その中央に3つのダイヤのマークがあった。「これも三菱製です」と言う。この発電所の主要部分はすべて日本の技術なのだ。

だったら、日本でもっと地熱発電を開発すればいいじゃないか。それをきちんとやっていたら、そもそも原発など造る必要もなかったはずだ。なにせ日本で地熱発電をきちんと開発すれば原発20基分の電力が取れるという数字が出ているのだから。

日本の技術を活かしたフィリピンでは地熱発電で世界第2位になった。だったら、本家本元の日本で地熱発電をもっと開発すればいいではないか。

福島原発の事故が解決しておらず、多くの国民が原発に不安を抱いているにもかかわらず、日本政府は大飯原発の再稼働に踏み切った。「これしかない」とウソの情報を国民に与えつつ。

安全神話が崩れてもなお原発に頼るのは、まるで国を自殺に追いやるようなものだ。国民をだまして戦争を続けたあの時代、そのままではないか。経済大国と言うが、政府はフィリピンのほうがあるかに上等だ。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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