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平和と和解、民主主義と人権に貢献 欧州連合にノーベル平和賞

「あけぼの」2013年1月号) 伊藤千尋


2012年の平和の動きを象徴するノーベル平和賞を受賞したのは欧州連合(EU)だ。前身の欧州石炭鉄鋼共同体以来、「平和と和解、民主主義と人権の向上に貢献した」60年にわたる努力が評価された。

2013年は、EUの誕生から20年の記念の年である。国家の枠にとらわれた「国民」から、国境を超えた「人類」としての一体化に進んだ壮大な試みは実現した。領土紛争が渦巻く今のアジアの私たちこそ、その意義をかみしめるべきだろう。

手元に「ヨーロッパ復興」という1964年に発行された古い本がある。著者は第2次大戦後のフランスの外相を務めたロベール・シューマン。彼こそ欧州連合に至る道を切り開き「ヨーロッパ統合運動の父」と呼ばれた人である。

なぜ統合を進めたのかについて彼は語る。「わずか一世代のうちに、激しさと規模において前例をみない衝突が相次いで起こった」。これは第1次、第2次大戦を指す。続いて「現在、またもや新しい衝突の脅威が全人類のうえに重くのしかかり」と書いたのは、東西の冷戦時代に突入したからだ。さらに「あらたに発見された破壊手段によって、今後の虐殺は単なる敵味方同士の武力抗争であるばかりでなく、全面的な自殺行為の性格をおびることとなった」と、核兵器の開発に懸念を示した。

そのような時代であるがゆえに、ヨーロッパは「むなしい争いから解放されて、繁栄と安全と平和を保障する共同体への道に、断固として足をふみいれた」と決意を込めた。

では、具体的にどうやって分裂から統合に向かったのか。

彼が目をつけたのは、素朴な発想だった。20世紀を通じてヨーロッパは戦争に蹂躙(じゅうりん)されたが、具体的にどの国が戦争を起こしたかを考えると、祖国フランスと隣のドイツだ。両国は国土の大きさも人口規模も似ており、ともにヨーロッパに覇を唱えて歴史上、張り合ってきた。ならば、この両国が仲良くすれば戦争は起きにくくなる、と考えた。

さらに考えたのが、戦争に欠かせない2つのものだ。鉄砲や大砲など武器の材料となる鉄と、工場を動かし列車輸送のさいの燃料となる石炭だ。鉄と石炭なしに戦争はできない。だったら、この2つを、犬猿の仲であるフランスとドイツが共同で管理すれば、戦争は起きにくくなると考えた。的を射ている。

そこで提唱したのが、基幹産業の石炭と鉄鋼をフランスとドイツが共同で管理することだ。そうすれば「戦争をしかけるところか、それを準備する可能性を事実上とりあげてしまう」からである。

それは当時、「すべての人々の意表をついた」提案だった。フランスの議会でさえ反対があり、シューマン外相は非難難の的になった。それでも「決して2度とはあるまいと思われる好機を逸することはできない」という決意で臨んだ。

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「不安動揺の時代には決断が必要である。政治における最悪の態度は、決定をおこないえないこと、あるいはつづけざまに相矛盾する決定を行うことである」と、彼は言う。まるで今の日本の政治を批判しているようだ。

ドイツ(当時の西ドイツ)は提案に乗った。両国の中間にあるオランダ、ベルギー、ルクセンブルグのいわゆるベネルクス3国とイタリアも参加を表明し1952年、欧州石炭鉄鋼共同体が設立された。「突破口は開かれ、その拡大は不可避である」と彼は語る。

かつて犬猿の仲だった国、こんな実験が成功するのか、という批判はあったが、実際にやってみると実にうまく行った。お互いの国に信頼関係が生まれた。5年後には協力関係を経済すべてに拡大し、欧州経済共同体を設立するローマ条約が調印された。その10年後の1967年には欧州共同体(EC)に発展した。

経済の共同体から政治の共同体に大きく変化したのが1993年の欧州連合条約(マーストリヒト条約)である。その精神は「米国への追随からの脱却」だ。その2年前にソ連が崩壊して冷戦が終わった。それまで米国の傘下にいた欧州は「脱アメリカ」を目指したのだ。

米ドルに替わるユーロを導入し、加盟国の国境をなくすシュンゲン協定を結んだ。今や欧州の政治は欧州議会が決め、行政は欧州委員会が行い、紛争はEU司法裁判で裁く。欧州は1つの国になった。

日本版の「ヨーロッパ復興」の序文にこう書いてある。「ヨーロッパの機構と同様なものをアジアのごとき地域にそのまま適用することは、困難なことであろうが・・・・何時の日かこの種の統合機構の具体化を夢としたいものである」。欧州連合のような「アジア連合」を夢見たこの文章を書いたのは、日本の戦後路線を決めた元首相の吉田茂である。

欧州統合について日本で語ると、すぐに「欧州は似たような文化だから統合できたが、アジアは無理だ」と言う声が出る。なぜやりもしないであきらめるのか。かつてのフランスとドイツの仲は、今の日本と中国の仲と似ていた。アジアでも欧州連合にならって東南アジア諸国連合が設立され、南米では南米連合ができた。世界は「戦争を平和に、憎しみを連帯に変えた比類のない試み」(欧州議会のシュルツ議長)を模範としている。

今、東アジアがその道を歩むべきときだ。まず、できることから、いっしょにやっていき、信頼関係を醸成しようではないか。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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