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軍政に毅然と立ち向かう 凛とした女性政治家

<(「あけぼの」2013年6月号 ) 伊藤千尋


25年前に電話で声だけを聴いた女性が今、目の前にいる。アウンサンスーチーさん。ビルマ(ミャンマー)の民主化運動の指導者である。

1988年8月、ビルマは強権支配の政府に対して国民が決起し、騒乱状態になった。首都ラングーン(ヤンゴン)に数十万人が参加して開かれた反政府集会で「平和的に民主政府の実現を」と訴えたのが彼女だ。

スーチーさんは「ビルマ建国の父」と言われ国民的な尊敬を集めるアウンサンを父に持つ。だが、それまで政治とのかかわりは一切なかった。しかし、国が危機に陥ったとき、国民がリーダーとなることを求めたのが彼女だった。彼女も、新生ビルマの指導者になる決意をした。

このとき、発刊して間もない朝日新聞の週刊誌「AERA」の記者だった私は、東京の編集部からビルマに英語で電話をかけまくって市民と話した。かつて英国の植民地だっただけに、英語を話す人は多い。「国民の90%が体制打倒を叫んでいる」「民主化の熱は盛り上がるばかりだ」と相手が話す最中に突然話が途絶え、雑音が入った。電話の相手はこともなげに「秘密警察が盗聴しているのです」と言う。

私は気を遣って「答えられる範囲内で答えてください」と言った。だが、相手は「いや、構いません」という返事とともに、市民がいかにひどい生活を強いられているか、具体的な証言をこれでもかと語った。

私の隣で、つてをたどった女性記者がスーチーさんの自宅に電話を入れた。受話器からスーチーさんの声が響く。「今の変化は劇的です。理想的な国を実現するために人々が私を国家の指導者に、と望むなら、私はその要望を受け入れます」。私は受話器に思いきり近寄り、聴き耳を立てていた。

しかし、その一か月後、軍部が全権を掌握した。国民民主連盟(NLD)を結成したスーチーさんは翌年、自宅軟禁された。さらにその翌年に行われた総選挙はNLDの圧勝だったが、軍政はこれを圧殺し、政権に居座り続けたのだ。

スーチーさんは1991年にノーベル平和賞の受賞が決定した。だが、実際に受賞できたのは21年後の昨年だ。軟禁が完全に解除されたあと、昨年にはNLDの議長に就任し、選挙で国会議員に選ばれた。

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21年ぶりに来日した彼女は4月17日、東京の日本記者クラブで会見に臨んだ。黄色い民族衣装を着た彼女は、開口一番「ビルマは日本の国民から温かい支援を受けてきました」と述べた。「国から」ではなく、あえて「国民から」と強調した。

さらに「私は日本政府より日本の国民を重視している」とピシャリと言った。かつて欧米諸国は軍政を嫌って経済制裁したが、日本政府は逆に軍政に盛んに援助したことが、この発言の背景にある。そのカネは国民を弾圧する武器の費用や軍政の延命に使われた。

彼女は「今後も日本の援助を期待するが、国民を念頭に置いた援助をしてほしい」とくぎを刺した。そして言った。「援助は国家権力のためでなく国民に向かうべきものです。何を援助するかは、政府でなく国民や野党に聴いてほしい。でなかったら、せっかくの援助が正しい方向に行かない」。そして言った。「政府は変化するが、国民は永遠です」

実に毅然とした姿勢ではないか。日本政府に取り入ろうとか、外交辞令を述べようなどという卑屈さは、まったくない。軍事独裁政権と長年にわたって闘ってきた闘志を今、目の当たりに見るようだ。

政治について語った。「華やかな発言は不要です。政治に必要なのは正直な発言です。国民に対して正直であること。たとえ国民が気に入らなくても、国民を欺くことはしたくない」

今の日本の政治家に聴かせたい言葉だ。語る口調によどみはなく、内容はきわめて明快だ。自分に不都合と思われる質問も堂々と正論で応じる。

彼女は本来なら1990年の選挙を受けて、国の指導者になっているはずだった。今は軍政が作った憲法によって、彼女はリーダーになれない仕組みになっている。国会の664の議席のうち、彼女の党は44議席しかない。それでも「野党としてこの2年、やるべきことはやってきた。大統領になれるのなら、なる用意はある」と胸を張った。

今も200人の政治犯が獄中にいる。しかし、国会は思ったより民主的にやれているという。彼女は昨年「法の支配・平和安定委員会」の委員長に就任した。「今重要なのは、法の支配の確立です。人々の心に安心感やお互いの信頼感をもたらすことが必要です」

「最大の障害は、人々の考え方です。軍事独裁が当たり前のように思われている。変化のためには異なる勢力との和解が必要です。調和ある和解を目指して、私は最善を尽くしています。平和なくして、統一なくして、経済的な成功はできません」

その経済について、今の日本にも通じることを語った。「20世紀型のコンクリートによる大規模な発展でなく、再生可能な、持続的な発展が必要です。今、直ちに必要なのは若者の雇用の創出です。若者の失業は国の未来を危うくします。私は失業よりも若者が未来への希望を失うことを憂えています。希望を失えば力強い社会はつくれません」

この日はビルマの旧正月の日だった。「ハッピー・ニュー・イヤー」という言葉と笑顔を残して、背筋をぴんと伸ばしたまま、彼女は会場を去った。すがすがしい、凛とした空気があとに残った。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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