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活憲とヒューマンライツ(人権)

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今こそ問われる市民意識 日本の民主主義の底力

「あけぼの」2014年2月号) 伊藤千尋


2014年を迎えて、日本列島が冷え冷えとしている。

「民主主義の否定」という大見出しが一面に載ったのは2013年12月6日の東京新聞だ。今、政府は日本を戦前の時代に戻そうと、世界の流れに逆行した政治を強行している。

この日の深夜の参議院本会議。自民党と公明党の与党だけの賛成で、特定秘密保護法が成立してしまった。

わずか10分で終わった採決のさい、傍聴席からは「市民の声が聞こえないのか」という女性の叫びが議場に投げかけられた。議場の外では「戦争は秘密から」「知る権利は国民にある」などプラカードを掲げた市民が、抗議の声を張り上げた。

この日の夕刻、都心の日比谷野外音楽堂に15,000人が集まり、国民の反対を無視する動きを糾弾した。大阪では自民党大阪府連前で、福岡では博多駅前で、名古屋では市中心部の広場で、全国各地で大勢の人々が政治の横暴に体を張って抗議した。

特定秘密保護法は、戦前の治安維持法に似た天下の悪法だ。防衛や外交、スパイ活動、テロ活動の4項目で国の秘密を漏らした者を厳罰にすると定める。

ところが、何が秘密かも秘密なのだ。政治家や官僚の勝手気ままで国家の秘密が決められ、「秘密を漏らした」としてわけのわからないまま国民が逮捕され、懲役刑になる。

原発の被害や危険性を調べようとしたら、国家機密を探る行為だと脅かされる。政府が隠している情報を手に入れようと新聞記者が迫ると、秘密の漏えいを促す行為だとして逮捕され、報道機関が警察の捜索を受ける。原発をやめようと人々に訴えれば、不穏な行動を煽(あお)るとたちまち手錠をかけられる。

いったん秘密に指定されれば60年間も秘密のままだ。その後も政府の決定で延長できる。つまり政府が秘密に指定すれば、永久に国民の目に触れなくなる。これが民主主義と言えるのか。密室政治そのものではないか。

公務員は政府に従順かどうか、家族や親せきに至るまであらかじめ身辺調査される。自民党の石破幹事長は市民のデモをテロ行為と同一視した。テロ呼ばわりで市民運動を封じ込めようとする。テロとは元来、フランスで国家権力が国民を弾圧したときに生まれた用語だ。

さらに怖いのは、こんな法律ができたことによって国民が萎縮することだ。何か言えば捕まるかもしれないと思えば、人は自粛しがちだ。もの言えば唇寒し、何も発言しなくなる。それどころか政治について考えもしない愚民社会になっていく。

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これって、まさに戦前の軍国主義の社会そのままではないか。このまま進めば日本は不自由非民主主義がはびこる、世界にも稀(まれ)な管理国家になってしまう。

世界は違うぞ!

ドイツにも秘密を保護する法律はあるが、秘密を明らかにするよう政府に迫る組織が議会にある。また、報道の自由を強化する法律が2012年に成立した。英国でも2010年に秘密の指定期間が30年から20年に短縮された。米国では政府の秘密はすべて25年で自動的に解除される。世界の政治は秘密をなくす方向にある。

この法律が成立した2日後、朝日新聞が世論調査の結果を発表した。国会論議が不十分だと考える国民は76%、秘密保護法の運用に不安を持つ人が73%もいる。国民の4人に一人が不安を抱く。国民を安心させるためにある法律が、逆に不安に陥れる。明らかに悪法だ。

なぜこんな法律を今の政府が無理やり通したのか。それは、これをテコに憲法を改悪して自衛隊を国軍とし、国民を政府の支配下に置く強権国家にしたいという安倍首相の思惑だ。

2012年12月の総選挙に続き、2013年7月の参議院選挙で勝利した自民・公明党は、議席の多さを背に、営々と築かれてきた戦後の民主主義を着々と破壊しようとしている。

だからといって悲観することはない。

思い出すのは1989年12月、東欧革命さなかのチェコだ。零下10度の寒気の中、首都プラハの広場で革命勝利集会が開かれた。その冒頭、薄いドレスを着た女性が歌を歌うと、集まった30万人は涙を流しながらいっせいにVサインを掲げた。

彼女は20年間にわたって歌を禁じられた元歌手だった。1968年に旧ソ連軍が侵攻したさいに抗議したため歌を歌えなくされた彼女が今、人前で歌を歌う。世の中は変わった、自由にものを言える社会が来たことを、人々は実感した。東欧革命が目指したのは管理者会からの解放、自由な言論だった。

今、日本政府がかつてのソ連や東欧のような強権政権になろうとしている。一方で、この法律を通させまいと、全国で人々が街頭に出た。デモや集会が今や日常になった。ここ数十年、ついぞ見られなかったことだ。

日本の市民も意識を強めている。今こそ日本の民主主義の底力、国民の意識が問われる。市民社会を創るのは、ほかのだでもない。私たち自身だ。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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