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N(何も) H (本当のことを)K(語らない)でいいのか

「あけぼの」2014年 4月号) 伊藤千尋


NHKが揺れている。

トップになった籾井勝人(もろい かつと)会長が1月の就任会見で公言したのは、およそ報道人としては考えられない発言だった。

従軍慰安婦は「戦争地域にはどこの国でもあった」と述べ、首相の靖国参拝は「総理が信念で行ったので、それはそれでよろしい」と言い、秘密保護法は「通っちゃったんで、もう言ってもしようがない」と突き離し、領土問題は「政府が右ということを左というわけにはいかない」と政府のいいなりの姿勢だ。

従軍慰安婦や靖国問題など、中国、韓国ともめている問題をいとも簡単に、まるで問題などなきがごとくに一蹴し、秘密保護法という報道の命にかかわる問題を「しようがない」の一言で片づける。領土問題の発言にいたっては、NHKは政府の宣伝機関です、と言ったも同じだ。

受信料と政府からの交付金で運営される点でNHKと共通しているのが、英国のBBC放送だ。しかし、BBCは英国政府とはっきり距離を置き、政府を果敢に批判する。BBC会長は「BBCを所有するのは国民だ」と宣言し、政府に対して闘う姿勢を明確にしている。

NHKは違う。国民のものだという意識が籾井会長にはない。政府のもの、もっと言えば安倍首相のものだと考えているのではないか。商社の幹部を長く勤め、公共放送とはなんたるかをまったく意識しないで就任したとしか思えない。

公共放送とは何か。それはNHKのホームページに書いてある。それによると「国家の統制から自立して行う」のが公共放送だ。これに対して「国家の強い管理下で行う」のは国営放送である。NHKは国営放送ではないと当のNHKが言うのに、会長は国営放送だと主張する。

放送の基礎も理解していない人を会長に据えることが、そもそもおかしい。安倍首相が自分に都合の良い人事をした結果だ。このような問題が噴き出たら更迭するのが普通だが、そのまま居座っているのは、受信料を払っている視聴者を宣伝対象としか思ってないのだろう。

それは日本の報道界をおとしめる行為である。歴史を捻(ね)じ曲げることになる。こんなことを許せば、NHKは政府の主張をほめたたえる翼賛機関になり、放送の内容は戦時中の大本営発表に似てくるだろう。現にそうなっている。番組で原発問題を語ろうとした学者が降ろされた。

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籾井会長だけではない。安倍首相が任命した経営委員が続々と問題発言をしている。作家の百田尚樹氏は「南京大虐殺はなかった」「東京裁判は米軍が大虐殺をごまかすためだった」と述べた。さらに東京都知事選で極右の田母神氏以外の候補を「人間のくず」と罵った。

安倍応援団を自称して経営委員になった埼玉大名誉教授の長谷川三千子氏は、自殺した右翼のテロリストを「神に死をささげた」と絶賛し、彼の行為によって「今上陛下はふたたび現人神(あらひとがみ)となられた」とまで言った。

いったい、彼らはいつの時代の人たちなのか。こんな時代錯誤の軍国主義者や天皇崇拝者が日本の報道の中枢にいて、報道の中立が保たれるわけがない。

海外の政府やメディアはあきれている。米ニューヨーク・タイムズは「NHKが安倍政権の権力に屈したかに見える」と書き、韓国の東亜日報は「安倍首相の落下傘人事として知られる人物がNHKを『安倍のラッパ吹き』にした」と指弾した。

NHKの歴史を調べていて知ったことがある。終戦までNHKは自主取材をまったくせず、通信社のニュースをそのまま読み上げるだけだった。主体性ゼロだったのだ。つまり、そもそも報道機関ではなかった。

しかも、国民を向いていなかった。1945年3月の東京大空襲のさい、米軍の爆撃機が大挙して東京に近づいているのがわかっていたのに、放送しなかった。空襲警報が出るたびに天皇を防空壕に出たり入ったり繰り返させることになるのでおそれ多いと思った軍が、NHKに放送させなかったのだという。

軍の統制下にあったため、都民に多大な犠牲が出るとわかっていながら知らせなかったのだ。何らかの形で都民が空襲を事前に知っていれば、あれほど多数の死傷者は出なかっただろう。これが国営放送の姿だ。

これを反省して戦後になって初めて自主取材に取り組み、放送記者を養成した。それを推進した当時の報道部副部長、柳澤恭雄氏は気骨の人だった。

終戦の日、近衛兵が反乱を起こして師団長を殺害し、天皇の玉音放送のレコードを奪ったうえ戦争続行を放送で声明しようとする事件が起きた。NHKを武力で占拠した軍の首謀者は、柳澤氏に拳銃を突きつけ、決起の趣旨を放送させるよう迫った。だが、柳澤氏はきっぱりと拒否した。命をかけた彼の行為がなかったら、終戦は混乱し、なお犠牲者が出ていただろう。

柳澤氏は戦後、NHKを民主化しようとして追い出された、日本電波ニュース社を設立した。NHKが本当に「みなさまのNHK」になってほしいと、天国の柳澤氏は願っているだろう。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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