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桜と菜の花、生命の息吹きを吸おう

「あけぼの」2014年 5月号) 伊藤千尋


日本列島を淡いピンクに染めて桜前線が北上中だ。あとをたどって菜の花前線が畑を鮮やかな黄色に彩っていく。続くのが若芽の新緑だ。華やかな色が心をときめかせ、清新な気持ちに胸が膨らむ。私たちを取り巻く自然は今、一年で最も美しく活力みなぎる季節を迎えた。

桜と菜の花のどちらも、色彩を見て笑顔にならない人はいないだろう。怒っていた人も満開の桜や一面の菜の花の中に身を埋めれば、いつの間にかにっこりしているにちがいない。

桜を訪ねて京都に行った。会ったのは佐野藤右衛門さんだ。この名と植木職を継いで16代目。「桜守」と人は呼ぶ。佐野さんは桜を求めて全国を歩いた。気づいたのは、日本全国どの土地にも立派な桜が小高い丘など集落から見える場所にあることだ。人は桜の様子は花の咲き具合を見ながら春を知り、農作業の目安とした。樹といえばやたらあるのが「ご神木」だが、桜の「ご神木」には出会ったことがないそうだ。桜は奉るものではない。「春には神も人間も虫も桜の下に集まる。桜の前で神も人間もいっしょになって舞い、遊ぶ。それが花見です」と語る。桜とともに春を楽しむのだ。

桜といえばすぐ思い出されるのが戦時中の軍歌だ。「同期の桜」という歌もある。パッと咲いてパッと散る桜は、軍国主義下の特攻と結びつけられてきた。

だが、桜に造詣の深い国文学者小川和祐さんは断言した。「桜のテーマは『生きる』です」

「日本文化は桜文化です。桜は美や平和、豊かさの象徴で、清らかで明るく美しいという日本の古代人の宗教観を具現したのが桜です。日本の風土の中で花として愛でられる今日の桜に育った」とも。

奈良時代に「花」といえば梅を指した。中国の文化に従ったからだ。ところが、平安時代になると「花」は桜を指すように変わる。和歌に盛んに歌われるようになった。桜は日本人の心の花となった、

ところが江戸時代、幕末となると尊王攘夷の思想がはびこる。国学者本居宣長の「敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花」という名高い歌について、作家の故辻井喬さんは言下に「駄作です」とはねつけた。「戦時中、桜は国家主義と結びつけられ、桜の本当の美しさは壊された」と語る。

私たちが春になって桜の下で花見をするのは、平和な社会だからこそだ。大いに花見を田野氏もうではないか。

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一方菜の花を訪ねたのは、愛知県・渥美半島の田原市だ。25ヘクタールの畑に1,250万本の菜の花が咲き誇り「菜の花まつり」の真っ最中だった。一面の菜の花である。

かつてここは農地だったが、耕す人がいなくなって放棄され、セイタカアワダチソウがはびこっていた。それを変えたのは農業を営む安田和司さんだ。

水田や畑がみるみる遊休地になるのを見かねた安田さんは、ひとりで荒れ地の草を刈り、栽培が簡単な菜の花の種をまき始めた。最初は2,000平方メートルの畑に花が咲いた。「畑全体が黄色になり、一気に心が温かくなった」と語る。

その写真が市の広報誌に載ると、市民が種まきに協力するようになった。エコ意識の高まりを受けて市はエコエネ推進室を設け「菜の花エコプロジェクト」を始めた。遊休地に菜の花を植え、食用にするとともに菜種油を採ってバイオ燃料とした。

安田さんは市内の小中学校に呼ばれて環境授業で話す。子どもたちから「エコじい」と呼ばれるようになった。安田さんや桜の佐野さんは、いわば現代の「花咲かじいさん」だ。

戦時中も桜を愛でるゆとりが少しはあったのだろうか、と思って終戦の年の4月の新聞を見た。前線は前線でも、そこにあったのは沖縄の日本軍と米軍との最前線だ。紙面をめっくるごとに最前線はしだいに南下する。沖縄本島の中部に上陸した米軍によって、日本軍はしだいに島の南に追い詰められた。

その中で逃げ惑った一人が元沖縄知事の大田昌秀さんだ。戦時中は師範学校生で、鉄血勤皇隊として動員された。那覇市の事務所を訪ねて話を聴いた。

「当時は死ぬのが当たり前と思っていた。海岸に追い詰められたところに戦車が来た。海に飛び込んで、気を失った。気がつくと岩の上に横たわっていた」と話す。死から生へと考えが変わったきっかけは草だった。

「目の前の岩の間から草が生えていた。草は生きていると思うと感動した。草のしずくが垂れていた。しずくを指につけ、岩に何度も『生』と書いた。『生きるぞ』と思った」と語る。

桜も菜の花も、そして名もない草も木も、生命を感じさせてくれる。生きることの尊さを告げる。平和でなくては花見を楽しむことはできないし、新緑を愛でる気持ちにもなれない。いま、自然の生気をいっぱいに吸い込み、私たちの社会に平和を続かせる力としようではないか。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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