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「ある」から「創る」へ 平和と民主主義

「あけぼの」2014年 6月号) 伊藤千尋


ウクライナに武力介入したロシアを見て、ああ、あの国はソ連時代から何も変わっていないなあ、と思う人は多いだろう。世界から同じように見られているのが、今の日本だ。憲法が気にいらないなら、憲法の解釈を変えて戦争をしやすくしようとするのが今の日本の政治家だ。ああ、日本は戦前から何もかわっていないなあ、というアジアの人々の嘆息が聞こえてきそうだ。

憲法だけでなく教科書も政府が好きなように変える。こんな時期だけに、日本と同じく平和憲法を持つ中米コスタリカの教科書をパラパラめくっていると、ふと目が留まった。歴史や地理と並んで社会科の一つの学科である「市民教育」、日本で言う公民の中学2年の教科書だ。

「自由の祖国」と題したページには「テーマについて調べてみよう」とあり、「『民主主義はみんなの手本によるもの』と言われるのはなぜでしょうか」という問いがある。このように、問題を設定して生徒自身に考えさせようとするのがコスタリカの教育だ。日本のように、ただ丸暗記させようとするのは教育ではなく洗脳でしかない。

問いのあとには、こんな文章が続く。

「民主主義は、教科書や共和国憲法の中にのみ存在するのではなく、私たちの生活の中にあり、民主主義について考えるという行為の中にあるのです」

民主主義は「ある」ものでなく「創る」ものなのだ。

その次にあった問いは「『平和とは戦争がない状態ではない』といわれるのはなぜでしょうか」というものだ。これを見て日本人なら不思議に思うだろう。日本では平和とはまさに戦争がない状態だと思われている。

そのあとには「平和とは理想、希求する心からなるものであり、実現するためには個人がそれぞれの平和を確立することが必要です。そこから、社会の価値観、道徳心から生じる安定性、豊かさを享受しながら、他の人々と平和を分かち合うことができるのです」という説明が続く。

日本で言う平和とは、かなり考えが違うことがわかる。

日本では、平和は「ある」ものだという静的に考える。だから、戦争さえなければ、それ以上の努力をしない。コスタリカは、違う。平和は日々の努力で創り上げるものだと動的に考える。

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もう一つ、「平和」の発想の出発点が違う。日本で平和を考えるときの出発点は往々にして「国家」になりがちだ。だから平和といえば国家の防衛をどうするかという議論になる。

コスタリカは違う。平和の出発点は「個人」である。一人の国民、一人の人間が安心してくらせることを原点として考える。差別や貧困、格差、いじめなど社会をギスギスさせる要素をなくしていかなければ真に平和な社会は実現できないと考える。

ただ戦争がないだけの「消極的平和」でなく、平和は積極的に創っていかなければ実現しないという「積極的平和」の考え方に立つのがコスタリカだ。これが世界の常識である。

コスタリカの教科書は、この問いかけのあとに、詳しく民主主義や平和の歴史をたどって解説する。その中には「生命への感謝」「自由の本質」「民衆意志の行使」などの項目がある。

「平和な共存」という項目は「人類の歴史は、より幅広いグループの一員であるという良識にゆっくりと目覚めたと認識できます」と書いてある。最初は自分の身近な家族や民族、国家だけに忠実だったのが、次第に幅を広げて世界に目を向けるようになったと指摘する。

そのあとに、輪を「地球という惑星全体に分野をひろげよう」と提唱する。国家や国民という枠に閉じこもるのではなく、地球的な規模で人類の一員という意識で平和を考え行動しようというのだ。そのあとに続く文章を読むと絶句した。

「国家を統治している人の多くは嫌な考えを持っています。彼らは権力を失うことを恐れています。政治家から裏切られ不誠実な演説を聞くことがたくさんあります。金持ちの国家や政府は、その富を貧しい人々と分かち合わなければなりません」と書いてある。

全人類の立場から平和を考えるという崇高な思想を教科書で説くと同時に、政治家や金満家の欠点をこれだけ堂々と国の教科書が批判するのだ。こんな文章が日本の教科書にあれば、日本の権力者は直ちに削除を指示するだろう。

日本で平和教育というと、原爆の広島や長崎、市民が戦争に巻き込まれた沖縄など過去の戦争の悲惨さを知る内容が多い。戦争を知ることで平和を見つめようとする。それだけだと「今は平和で良かった」と安心して終わってしまいそうだ。

問うべきは過去でなく、今、そして未来だ。いじめや差別がなく、貧しさや障害があっても安心して学べ、みんなで助け合って平和な社会を創り上げることにこそ、私たちの課題だ。平和も民主主義も、日々創り上げるものであることを自覚したい。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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