home>右旋回から「沈没」へ  集団的自衛権とは

活憲とヒューマンライツ(人権)

バックナンバー

平和な選挙で軍事独裁を倒した

「あけぼの」2014年 8月号) 伊藤千尋


右傾化する安倍政権は不安だが、かといって自民党は今や最強で、野党は分裂してばかり。これでは選挙をやっても、また今の政権が勝つに決まっている。何をしてもムダだ。なんてあきらめてはいないだろうか?

その心を一気に晴らし、日本の未来を切り開くヒントになる映画がある。南米チリの軍事独裁政権を国民投票で打倒し、民主主義をもたらした過程を描いた「NO」だ。6月に試写会を見て久しぶりに心から笑った。8月30日から全国で順次、公開される。

チリでは1973年に軍事クーデターが起きた。9月11日のことだ。チリで「9.11」と言えば、この日を指す。数万人の市民が軍部に逮捕、拷問され、そのまま殺された人も数知れない。すさまじい弾圧を逃れるため、人口の1割近い100万人もの人々が海外に亡命した。

軍政を正当化する憲法が制定され、クーデターを起こしたピノチェト陸軍総司令官を大統領にすることが条文に盛り込まれた。マスコミは検問のため政府を批判できず、暴力の前に人々は沈黙を強いられた。極悪非道な暴虐がまかり通った。

しかし、クーデターから10年たつと、国民の不満が噴き出た。きっかけは経済危機だ。日本の小泉政権がやったような民営化で社会の格差が広がった。不況で失業率が一挙に増えた。若者は大学を出ても仕事がない。

身体を張って抗議する人々が出てきた。労組はストライキを起こした。学生は集会を開いた。カトリック神父は貧しい人々が集まるスラムに住み、日曜のミサで「正義」を説いた。

これが全国的な運動に発展した。クーデターから10年目の1983年に始まった。反軍政と民主化を求める「国民抗議デー」である。翌年、私は朝日新聞の中南米特派員として赴任した。毎月のようにデモや集会が国内あちこちで起きていた。現地に取材に行くと、市民が逮捕を覚悟で集会に参加していた。

その中で1988年に行われたのが国民投票である。1980年に制定された憲法はピノチェト大統領の任期を16年と定めた。半ばの8年となり、今後もピノチェト大統領として認めるかどうかを問うた。

軍政側は自信満々だった。見渡せば軍政を礼賛する声しか聞こえない。反対派は逮捕すればいい。好き勝手な政策ができる。一方の国民側にはあきらめのムードが満ちていた。野党は小さな政党に分裂して力にならない。投票で軍政を退陣に追い込めるなど思ってもみなかった。まるで今の日本のようだ。

☆    ★    ☆    ★    ☆

軍政にとってただ一つ気がかりなのは、国際社会の批判だった。民主主義を尊重している姿勢を、一応は見せなくてはならない。そこで選挙期間に限ってテレビで、賛成側と反対側がそれぞれ27日間、毎日15分、自由に放送する番組枠を設けた。とはいえ放送は深夜だ。だれも見ないだろう。軍政はたかをくくった。

ここに目をつけたのが「あきらめない人々」だった。彼らが歴史を変えた。

野党は「NO」を主張する共同行動で合意し、政党連合を結成した。毎日15分の番組を制作するために専門家のチームが編成された。その中心的な役割を果たしたフリー広告マンが、映画「NO」の主人公だ。

野党の政治家たちが当初考えたのは、クーデターの犠牲者の遺族による軍政への弾劾だった。その映像はどうしようもなく暗い。どうせ勝てないのだから、軍政の悪を告発しようと考えた。

これに対して広告マンは「勝つ気があるのか? 勝つためには明るい未来と夢を訴えなくちゃいけない」と主張しました。

完成した映像は、だれもが口ずさめる軽快なリズムのテーマソングに乗って自由にものを言える社会を表現した。石頭の左翼政治家も、もしかしてこれで社会を変えられるかもしれないと思うようになった。

広告マンの家に脅迫電話がかかるようになった。息子の命が危険にさらされた。上司がクビをほのめかした。でも、彼はめげなかった。

実際にテレビで流された番組が映画に出る。試写会を見た私は思わず吹き出してしまった。必要なのは過去の告発よりも未来の夢なのだ。悲しい涙よりも楽しい笑いなのだ。

今の日本の同じではないか。原発や基地、改憲など暗い話ばかりの時代。大切なのは私たちの手で社会を変えられるのだという確信を抱くことである。

投票の結果、「ノー」と過半数を占めた。チリは成功した。軍政という強権政治の極致のさなか、投票という平和な手段で民主主義を国民の手に勝ち取った。次は私たち日本の番だ。日本にも芽がある。

それを知ったのは、新潟水俣病を取材したときだ。熊本水俣病では政党の違いで患者側が分裂していがみあった。新潟では思想の違いを超え保守も革新もいっしょに「患者のために」という一点で共闘し成功した。

必要なのは、困難な状況にあきらめない楽天性、夢を現実にする意志と具体的な行動だ。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

▲ページのトップへ