home>知性とは、自分の頭で知り、考える力

活憲とヒューマンライツ(人権)

バックナンバー

知性とは、自分の頭で知り、考える力

「あけぼの」2014年 9月号) 伊藤千尋


終戦から69回目の夏が来た。戦争の体験者が急速に減っているが、体験が引き継がれているとは思えない。そもそも戦時中の事実さえ記録にとどめられていないことが多い。終戦の日の8月15日に起きた宮城事件を調べる過程で、そう思った。

玉音放送が流れる直前、天皇を守る近衛兵が反乱を起こした。天皇をすげ替えてでも戦争を続け、本土決戦に持ち込もうとしたのだ。クーデターに反対する師団長を若手将校が殺害して偽の命令書を作り、玉音盤のレコードを奪おうと宮内省に兵士が突入した。武装兵士が当時のNHKを占拠してアナウンサーに拳銃を突きつけ、決起の呼びかけをラジオで放送しようとした。

天皇を守るはずの軍隊が、自分たちに都合が悪くなると天皇に銃を向けたのだ。軍隊は単純に命令に従う組織ではない。いざとなれば暴走するのだ。武器を持った暴力装置が暴走するのだから実に危ない存在である。クーデターは開発途上国だけで起きるのではない。日本でも2.26事件にとどまらず、何度も起きたのだ。

軍隊といえば、国民を守るため他の国と戦う組織だと思いがちだが、その刃が最初に向けられるのはむしろ同じ国民だ。組織は、組織と相いれない者に対して冷徹である。「非国民」という言葉で権力の犠牲になった国民がいかに多かったことか。

そういえば、終戦の日に反乱を起こした部隊は、総理大臣ら主だった政治家の官邸や自宅を襲撃し機関銃を撃ちこんだのだ。狂気の沙汰というしかない。

決起した若手将校の中には、目的が果たせなかったことを悟って自決した者もいる。だが、師団長らを殺害した軍人の一人は罪に問われることもなく、沈黙したまま今も生きている。亡くなった者に責任をかぶせようというのだ。

この日のできごとを関係者に取材して『日本のいちばん長い日』というドキュメンタリーにまとめたのが「文藝春秋」の元編集長、半藤一利さんだ。7月半ばにお話をうかがった。

「死んだ人にすべての責任を押し付けるのは日本の軍隊の体質です。彼らはほかにも詳細なクーデター計画を持っていたようで、いまだに明らかにされていない」と語る。

半藤さんはまた、今の安倍首相の集団的自衛権の発言について批判した。

「安倍首相は戦争から何も学んでいない。集団的自衛権で日本をいっそう平和にすると言うが、集団的自衛権がなくてもこれまでだれも死ななかったし、領土も減ってない。『いっそう』なんて日本語としておかしい。ところが、あの言葉を聞いただけで国民の多くの人がそう思ってしまう」

そう聞いて思い出すのは、ノーベル平和賞を受賞した南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領が挙げた、知性の定義だ。

「知性とは、まず弱い者の身になって考えることだ。次に政治家の言うことを鵜呑みにするのでなく、自分の頭で知り、自分の頭で考えることだ。そのような知性を持った者が、本当に人間だと胸を張れる」とマンデラ氏は語った。

国民的レベルで日本人に欠けているのは、この知性だろう。

「考えないことは罪である」と説いたのはドイツ系ユダヤ人の政治哲学者ハンナ・アーレントだ。今、彼女の本や映画が注目されている。

彼女は、ユダヤ人を虐殺したナチスの戦犯アイヒマンの裁判を傍聴した。そこで確信したのは、アイヒマンは根っからの極悪人ではなく、単に命令を実行しただけの「凡庸な人間」だということだ。何も考えずに命令に従う、組織に忠実な「体制の善人」こそが、結果的に大罪を犯してしまった事実である。

終戦の日にクーデターを起こした青年将校も、いわば純粋だった。天皇が神であるとする皇国史観を頭から信じ込み、ほかのことは何も考えなかった。それが、結局は自らの説に矛盾する行動をとり、一つ間違えば全国民をさらに悲惨な結果においやった。しかも、彼ら自身の自殺につながったのだ。

同じことを話した人がいる。ヒトラーの秘書だった女性だ。彼女は選ばれて秘書になったとき、とても名誉だと感じた。しかし、戦後になって後悔した。それは、同年の女性が戦時中に反ヒトラーの抵抗運動をして処刑されたことを知ったからだ。

「自分はあのとき、ヒトラーがどんな人なのか知らなかった。知らなかったことが罪というよりも、知りたいと思わなかったことが私の罪だ。あのとき、知ろうと思えば知ることができた。現にそうした人がいた」と語っている。

自分で考えることを放棄してしまえば、その瞬間から人間性も放棄することになる。後になって「あのときはしようがなかったのだから」とか「みんなそうだったのだから」などと言い訳して罪の意識を吹っ切ろうとする人が数多い。それで済むのであれば、あの戦争で亡くなった無数の人々の命は何だったのか。歴史は何のために存在するのか。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

▲ページのトップへ