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活憲とヒューマンライツ(人権)

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記者40年で思い出す綺羅星のような世界の人々

「あけぼの」2014年10月号) 伊藤千尋


高く澄んだ空を見上げると、目に浮かぶ懐かしい顔がある。

南米ペルーで出会った靴磨き少年ルイスは12歳、小学校6年だった。首都リマの空港で午前零時過ぎ、小さな体に靴箱を小脇に抱えて「靴を磨かせて」と、私に声をかけてきた。

なぜこんな深夜まで働くのかと聞くと「授業で使うノートを買うため」と言う。家が貧しくて学費は自分で稼ぐ。バスで空港に来て深夜2時過ぎまで働き、コンクリートの床に新聞紙を敷いて寝て、朝7時に起きて働き、また学校に行く。そんな生活を週に3日していた。

ルイスには空港で何度も会った。靴を磨いてもらう暇がないとき「ノート代にしてくれ」とわずかなカネを渡そうとすると、「働いていないから、もらうわけにはいかない」と受け取らなかった。取材用のノートを押し付けるように渡して飛行機に向かい、ふと見るとガラスの向こうでいつまでも手を振っていた。

今から30年前だ。当時のペルーは失業率66%というひどい経済状況だった。でも、ルイスはまだ、家庭があっただけ幸いだ。ホームレスの子が首都には15,000人もいた。

家がなくても平和なだけまだました。中米のニカラグアは内戦をしていた。国境の最前線に行くと、砲撃する大砲のそばで少年兵が銃を持っていた。12歳のエクトル。10歳のときに志願して兵士となり、半年を戦場で戦い半年は学校に戻って勉強していた。今日の命もわからないのに「将来は海洋生物学者になりたい」と夢を語った。

フィリピンのネグロス島は、貧しいうえに内戦状態だった。左翼ゲリラと国軍が衝突し、その間で市民が苦しんでいた。貧しい住民の組織「連帯」の事務所の壁には「FARMS NO ARMS(武器でなく農地を)」と書いてあった。

事務局長のベロニカさんは25歳の女性だ。「人間の生きる権利を主張しただけで、軍は私たちをゲリラと同一視して虐殺する。私も死の脅迫を受けた。身の危険はつきまとうけど必要だからやるしかない。この仕事をだれかがやらないと状況は変わらない。そう思って歯を食いしばっている」と話す。

1989年の東欧革命のさいルーマニアで流血革命が起きた。銃弾が飛び交う市街戦の首都を走り回っていると、18歳の予備校生クリスチャン君が「革命が世界に正確に伝えられるために協力したい」とボランティアで私の助手になってくれた。

大通りの向こうに走って取材に行こうとしたが、足がすくんだ。なにせ通りの両側で銃撃戦をしていたのだ。ひるむ私を見た彼は「ブシドー(武士道)」と叫んだ。日本の映画を見て覚えた言葉だ。こう言われたら日本の記者としては勇気を出さざるを得ない。50mを必死な思いで駆けた。

三日後に市街戦が終わり余裕も出たので身の上を聞くと、彼は「そういえばぼくは病人だった」と笑い出した。病院で検査するために地方から首都に来たのだ。病気を忘れて飛び回る彼の助力がなかったら、私は迫力ある取材ができなかったろう。

別れ際、感謝の気持ちで謝礼を渡そうとすると、彼は「ぼくは革命のために尽くした。カネのためじゃない」と受け取りを拒んだ。正当な報酬だし入院費も必要だろうと言っても拒否した。最後には腕時計をはずして記念に受け取ってもらった。

若者だけではない。ベトナムで会った国会議員のグエン・スアン・オアインさんは68歳だった。ベトナム戦争の時代、彼は北ベトナムと敵対する南ベトナム政府の副首相だった。サイゴンが陥落し南ベトナム政府の要人のほとんどが処刑されることを恐れて米国に亡命したとき、彼はベトナムに残った。統一後は経済政策の中心になって戦後の国家再建に尽くした。

あのときなぜ残ったのか、命が惜しくなかったのかと私は聞いた。

「私が若いとき経済を学んだのは、貧しい祖国の発展に役立ちたいと思ったからです。その私がどうして国を離れることができますか。処刑されるなら仕方ない。でも、生きてさえいれば、資本主義であろうが社会主義であろうが、私の学んだ知識は必ず祖国の役に立つと信じていた」と静かに話した。

別れ際、彼はつぶやいた。「これまでだれにも言ったことはないけど、理想に生きぬいてきたことだけは自分に自慢できます」

これまで世界の71の国を取材した。誠実に、懸命に生きる人々に各地で出会った。人間も地球も捨てたものではない。

こんなことを思うのはこの9月を感慨深く迎えるからだ。65歳となり40年間務めた朝日新聞社を退社する。私自身、会社や上司や時代にへつらうことなく一人の記者として生きてきた。毅然とした姿勢を鼓舞してくれたのが、世界で出会った綺羅星のような人々だった。

これからは一介のフリージャーナリストとして執筆、講演活動する。だれもが安心して生きることができる社会、理想を全うできる社会の実現を目指して。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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