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活憲とヒューマンライツ(人権)

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女性にとっては後進国 男女平等の年へ前進を

「あけぼの」2015年 1月号) 伊藤千尋


内閣改造で5人の女性大臣が誕生し、日本の政界も少しは女性の社会進出に向かったと思ったら、政治資金をめぐってすぐに2人が消えた。さらに首相が唐突に年末総選挙を打ち上げると、内閣の目玉だった女性活躍推進法案も吹き飛んだ。

世界経済フォーラムが10月に発表した男女の平等度で、日本は142か国のうち104位だった。この分だと日本の女性はまだまだ肩身の狭い思いを続けることになりそうだ。先進国と言うが、女性にとっては発展途上国、いや後進国である。

40年務めた朝日新聞を退社したあと、ハローワークに通っている。説明を受ける人々の中には、20歳から30歳にかけての女性が圧倒的に多い。見るからに妊娠中の女性もいる。アベノミクスで好景気だと政府は言うが、ここに集まる人々にとって不景気そのものだ。社会格差はどんどん広がっている。

こうした事実にとりわけ目が行くのは、日本の社会が今よりはるかに女性に冷たかった時代に離婚して働いた私の母が亡くなったからである。知らせを受けたのは私が退職した翌朝で、享年93歳だった

棺に横たわる母の白髪を見て思い出した。私が小学生のとき、母は白髪が生えてきたから抜いてくれと言った。1本10円だったが小遣いになるのがうれしく、白髪がもっとあればいいと無邪気に思った。いま思えばあのころ、母はまだ30代だった。若くして白髪が生えたのは苦労を重ねたからだろう。

母は戦後、仲人を介して結婚し姉と私を生んだが、私が2歳のとき離婚した。高校の数学教師をしながら2人の子を女手一つで育てた。男尊女卑の時代に女性が離婚して仕事を持つことがどれほど大変か。いかに世間から冷たい目で見られたか。母はグチ一つ語らなかった。

遺品の文箱に軍服を着た男性の写真があった。数年前に母はポツリと「若いころ好きだった人がいたけど、南方の戦線に行く輸送船が沈められてしまった」と話した。この人だ。写真を見た瞬間、私は母のことをきちんと知っていないと思った。

4日間、実家に泊まり込んで遺品に目を通した。2つの文箱に小学生時代の賞状やその後の日記など、なぜか口紅が1つ。アルバムは10冊以上あり、1枚だけ結婚写真が残っていた。私は初めて父の顔を知った。

母は乳飲み子だった私をおぶって高校に通勤した。母の授業中、私は職員室で他の先生にあやしてもらったと言う。管理職からは疎まれ、赤ん坊を学校に連れてくるなんて、という非難の陰口が突き刺さっただろう。

学校の勤務が終わったあと母は自宅で数学の塾を開いた。1回に20人くらい、一晩に2、3クラスを教えた。教師の給料だけではやっていけなかったのだ。昼も夜も、休日も働いた。私にとって母は、母でもあり父でもあった。遺品の日記に、女学生時代の詩がかきつけてあった。

  私は冬の海が好きだ
  何故なら
  冬の海は人間の真の姿を表現してくれるから
  冬の海は私をなぐさめてくれるから

亡くなる4日前、付き添っていた姉に「私、あの世に行くからね、サイナラ〜」と明るく叫んだのが母の最後の言葉だ。凛と生き、逆境でも明るい性格を最後まで貫いた。

長々と母のことを記したが、戦後の苦しい時期に働いた女性はもちろん母だけではない。私が通った山口県下関市のカトリック幼稚園では若いシスターが先生だった。中でも印象深いのは田尾先生だ。私にとっては母代わりで、まさに聖母のように思われた。今もお元気だろうか。

昨年秋、ベトナムを訪問してグエン・ティ・ビンさんに会った。ベトナム戦争中のパリ和平会談で、南ベトナム臨時革命政府の代表となった女性だ。長い髪をなびかせ民族衣装のアオザイを着て颯爽(さっそう)と空港に降りたったとき、女性がゲリラの代表だと知った世界は沸き立った。

「女性を代表としたのは、これがベトナム人民の戦いだという意志の現れです。侵略戦争でベトナムの女性の役割はとても大きかった。私たちは『長い髪の軍隊』と呼ばれた」とビンさんは語った。

戦争が終わり南北ベトナムの統一後、ビンさんは教育大臣、国家副主席に就任した。75歳で引退後は平和を目指す市民団体を立ち上げた。「戦争がどんなものか、平和がどんなに尊いものか、私たちは世界のだれよりも知っている。友好や平和を大切にしたい。国は解放されたが、今も山ほどの困難がある。私は休まない」と話した。

母が生まれる6年前の1915年の総選挙は、大正デモクラシーの嚆矢(こうし)となった。ただし有権者は男性だけだ。もちろん大臣に女性は一人もいない。

それから100年になる2015年が、日本の女性の社会進出にとって画期的な年となるよう、心から望みたい。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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