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活憲とヒューマンライツ(人権)

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歴史を活かす人類の良心 戦後70年を、今後70年に

「あけぼの」2015年 4月号) 伊藤千尋


戦後70年の今年、節目をいち早く迎えたのはポーランドのアウシュビッツだ。ここだけで100万人のユダヤ人が殺された。強制収容所が解放された1月27日を、国連は「国際ホロコースト記念日」と名付けた。

今年のこの日、国連の潘基文事務総長は「不和のサイクルを止め、人を包み込み相互に尊重する世界を創るため、人々は団結しなければならない」と語った。爆撃とテロの応酬という暴力の連鎖を否定し、イスラム国のような不寛容な脅威の払拭を訴えたものだ。

ドイツ連邦議会の記念式で、ガウ大統領は「ドイツ人としての自己認識は、アウシュビッツを核とすることなしには成り立たない」と言い切った。ドイツがかつて侵略した欧州諸国から今、受け入れられているのは、歴史からきちんと学び教訓を活かしているからである。

ドイツの政治家も戦後しばらくは、過去を忘れようとした。歴史を変える先鞭をつけたのは1970年、ワルシャワ・ゲットーの記念碑の前で突然ひざまずいたブラント首相だ。彼は「自国の歴史の流れから外へ出ることはできない」と語った。

1985年にはワイツゼッカー大統領が「罪があってもなくても我々全員が過去を受け入れなくてはならない。過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」と名高い演説をした。その後も「重要なのは鏡に映る自分の姿に何を見いだすかだ」と語り、ドイツの良心を代弁した。

それから30年を経てこの1月31日、彼は亡くなった。「日本が近隣諸国と友好関係を持ち過去を無視しないことが、地域の平和と安定に寄与する」という彼の言葉は、日本人への遺言ととらえられる。

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わたしたちの日本は、歴史から学んでいるだろうか。いや、偏狭は民族主義者が権力を握り、戦前の日本は正しかったと言い張る。アジア諸国との仲は遠ざかるばかりだ。ワイツゼッカー氏はこうも言った。「ナショナリストは他人を憎む者、愛国者は自国を愛するとともに隣人の愛国心を理解し敬意を払う者だ」

そうだ。本当の愛国心は国籍や民族が違う人も人間として尊重し、ともに平和な世界を築こうとする崇高な心を指す。愛国心は普遍的な人類愛につながってこそ価値がある。

日本政府のかたくなな姿勢は、日本社会にもあてはまる。他人を蹴落として自分だけ金持ちになりたいという、野獣のようなあさまなしい考えがはびこる。格差は当然だという米国流の考え方が急速に広がり、ギスギスした嫌な社会になった。

日本社会が「一億総中流」と言われたのは1970年代だ。大金持ちもいないが大貧乏人もおらず、国民の9割が「中流」と認識した。ところが今や正規労働者と派遣労働者の格差が生まれ、政府は放置している。

格差は必然的に恨みを買う。不公正が是正されなければ、暴力に訴える人が出る。実直に働いても報われないという思いが社会への反感を生み、それが過激に走るとテロになる。社会悪こそテロの温床だ。今求められるのは社会正義の実現である。

正義は、黙っていてはやってこない。暗黒の沈黙の中で膨らむのは利己的な野獣の心だ。ともすれば暴力による解決を図り弱肉強食に走りがちな獣性に抗して、人類は愛を育み他者との共存を模索してきた。小さな国が密集する欧州で試練にもまれたドイツは見事に成長した。日本は逆に後退している。

この日本は、しかし、ドイツにもない人類の宝物を持っている。史上初の平和憲法だ。

国家が軍隊をなくすことが永遠の平和につながると『永遠平和のために』で唱えたのは、ほかならぬドイツの哲学者カントだ。この本が世に出た1795年から約150年を経て、カントの夢は日本で実現した。

日本に次いで平和憲法を持ったのが中米のコスタリカだ。2月初めまでの一週間、わたしはこの国を訪れた。

なんとコスタリカ国会は、平和憲法を保ってきた日本とコスタリカとの両国民に対して今年度のノーベル平和賞を授与するよう特別決議を採択し、1月20日にノルウェーのノーベル委員会にアピールを送っていた。

平和賞に値する理由の一つにこう書いた。「貧しい国であろうと豊かな国であろうと、熱帯の国であろうと温帯の国であろうあと、どの国でも軍隊を廃止できることを示し、他の国々を励ます」と。

アフリカ沖の島でも、スペインの市民が日本の憲法9条の記念碑を建てた。悲観する必要はない。平和を求める人々は世界にいる。

歴史を踏みにじってきた人類を野獣に戻すか、歴史を活かして人類を英知に導くか。今、世界は岐路にある。その先端で、どちらを選ぶかを任されていっるのが、わたしたち日本の国民だ。

平和憲法を保つか、なくすか。わたしたちの現在の選択は、人類の未来の選択となる。戦後70年の今年は今後70年を決める。

今こそ奮い立ち、それぞれができることをやろう。人類の未来のために行動しよう。


著者紹介:
伊藤 千尋(いとう・ちひろ)
朝日新聞ロサンゼルス支局長、月刊誌「論座」編集委員を経て、現在「be」編集委員。著書に『活憲の時代─コスタリカから9条へ』ほか多数がある。

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