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シスター三木の創作童話

ナイスボール やったあ!

電車の中


 ぼくは、電車にのるとき、一番端っこの席をとることにしている。ぼくは、この角っこの席が大好きなんだ。

 ぼくのママは、パパのことを『遠距離通勤者』と言っている。
 ぼくも、学校まで一時間かかる。だから、ゆっくり本が読めるってわけ。角っこの席だったら、電車がどんなにゆれても、そう隣の人にぶつかったりしないですむ。角っこにピタッとからだをくっつけておくからだ。

 でも、あるとき、ぼくは、大人たちの変な目に気がついた。お年寄りが乗って来ると、決まってぼくの方を、ジロッと見る。そして、ぼくは気がついた。ぼくの大好きな席は、シルバーシートだったのだ。ぼくは、とたんに恥ずかしくなった。本に夢中になってお年寄りに席をゆずらなかったことがたびたびあったにちがいない。大人たちは、ぼくのことを“だめな小学生”だと思っただろう。

 それからのぼくは、席をとるときは真ん中にした。シルバーシートだったら、お年寄りがどこかに立っていたらどうしようなんて考えてばかりいて、ちっとも本のページが進まない。でも真ん中の席だったら、ぼくの近くにお年寄りがきたときだけ席をゆずってあげればいい。

 『ばか、おまえはばかだ、きたないぞ、そんな考えを起こすなんて』
 急に、ぼくは、ぼくの中のぼくをしかりとばした。こんな考えを起こすなんて恥ずかしい。

 それから、ぼくは、もう腰かけないことにした。そのかわり、窓のある隅っこに立って本を読むことにした。どこかに寄りかかっていないと、ガタガタゆれる電車の中ではよろけてしまう。ぼくは、本が大好きなんだ。

 でも、変だなあ、みんな知らないのかなあ、「ここはお年寄りの方の優先席です」って、はっきり書いてあるのに、シルバーシートに腰かけている人で、お年寄りに席をゆずってあげる人って案外少ないんだ。みんな、しっかりと目をつぶって、わざと知らん顔をしているように見える。無理してるんじゃないかな。きっと心の中でたたかっている。ぼくは、自分のことみたいに恥ずかしくなった。からだが、かあーっとあつくなって、胸がどきどきしてきた。

 「大学生のお兄さん、ここはお年寄りの方の優先席です。かわってあげてください」ってぼくはそう言いたかった。けれど、ぼくもいくじなし。いやになるけどいくじなし。

 なんにも言えなかったんだ。もじもじしただけだ。
 「おい、まさお、なにぼんやりしてるんだ」って、みつおのやつ、ぼくに言ったけど、ぼくは、ずーっと、今朝の電車の中のことを考え続けていたんだ。

 大人って、だめだなあ。ぼくのパパは、どうしてるかな、夕ごはんのとき、ぼくはパパに聞いてみた。
 「ねえ、パパ、パパは電車の中で、お年寄りを見かけたら、席をかわってあげてる?」
 「ああ、気がついたらね。かならず席をゆずっているよ、まさおはどうだ?」
 「ぼく、このごろ腰かけないことにしてる」
 「そうか、学生は立っている方がいいな。いい若者が、お年寄りに知らん顔して腰かけてるなんて、みっともないぞ、パパの学校はきびしくってね、電車の中では、けっして腰かけなかったもんだ」パパはそう言った。

 ぼくは、パパのことばを忘れていない。でも、ぼくは、今、毎日、シルバーシートに腰かけている。あれから、ずっと、シルバーシートに気をつけてたけど、席をかわってあげる人は、あまりいない。だから、ぼくは、「席取り」になったんだ。そのかわり、大好きな本も、落ちついて読めない。だって、電車が止まる度に、お年寄りが乗って来るのではないかと、きょろきょろしているからだ。でも、お年寄りを見つけたときはうれしい。

 すぐ席の前に立つんだ。そして確実に、お年寄りに席をゆずる。こんなときって、野球のボールをうまく受けとめたときのようにうれしいなあ。

 ナイス ボール、やったあ!

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