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シスター三木の創作童話

一枚の葉っぱ

「一枚の葉っぱ」の絵

浩平さんは、“かけ出しへっぽこ絵かき”自分でそうみとめているのです。小さなアトリエには、描きかけの絵がところせましと立てかけられています。ところが、完成した作品はひとつもないのです。ほかの人から見れば、それはもう描きあがっていると見えるものでも、浩平さんにとっては、『まだまだ』なのです。描いては消し、描いては消す。こんな毎日の繰り返しに浩平さんは、もうくたびれはててしまいました。

「おれには、絵かきの才能がないのかもしれない……」
黒雲のような暗い思いが、いま浩平さんの心を押しつぶそうとしています。その時です。

ひらひらっと一枚の葉が窓から舞いこんできて、あぐらをかいた浩平さんの足の裏に落ちてきました。黄色く色づいた庭のけやきの葉っぱでした。それは、絵の具では出せないような澄んだ色をしていました。

「きれいな色だなあ! もう秋かあ」
浩平さんは、その葉っぱをつまみあげると、なにげなく、虫くいあとの小さな穴に目をあてました。

「うううー これは!」
浩平さんは、葉っぱから目をそらしました。ところがそこには、描きかけの茶色っぽい風景画があるだけです。もう一度、葉っぱの穴をのぞいてみました。その穴から浩平さんが見たものは、黄金色に波打つ稲の穂と、どこまでもつづく青い空でした。

「これは、一体どうしたことだ」
浩平さんは、手をのばしてパレットと筆を引きよせると、目の前に立てかけてある茶色のキャンバスに向かって、いま見た景色を描きはじめました。

「秋だ、秋だ、みのりの秋だ!!」
夕日が落ちてうす暗くなったアトリエに、黄色の風景画が浮かんで見えます。さきほどの茶色っぽい絵は、葉っぱの穴から見た景色と全く同じように描きかえられています。

浩平さんは、またあの葉っぱを目にあてました。
「うん。これだ、これがぼくの色だ。ぼくが捜していた色だ」

こうして浩平さんは、つぎつぎにアトリエの中の絵を描きかえていきました。そして、アトリエの中の絵がぜんぶ描きかえられた時、浩平さんのひげはぼうぼうとのび、シャツはだぶだぶ、ズボンも落っこちんばかりにやせてしまっていました。

一体、どのくらい時間がたったのかさっぱりわかりません。浩平さんは、またあの葉っぱの穴をのぞいてみました。ところがもう何もかわったものは見えません。壁に立てかけてある絵と同じものが見えるだけです。浩平さんは、もっとよく見ようと思い、電気をつけました。“ジジジーパチッ” けい光燈がついて部屋中が、パッと明るくなりました。

「あっ! ぼ、ぼくの色がない!!」
部屋の中の絵は、前と同じで何ひとつかわっていません。がっかりしてしまった浩平さんは、力なく床に座りこんでしまいました。

「ああ、夢なのか、まぼろしなのか……」
くやしくてたまらない浩平さんは、思わず、両手をにぎりしめました。シャリ、シャリっと何かが、浩平さんの手の中で音を立ててつぶれました。それは、あの葉っぱでした。虫くい穴もちゃんとあるあのけやきの葉でした。しばらくして落ちつきをとりもどした浩平さんの目は、生き生きと輝いてきました。

「よし、描くんだ、あのぼくの色を描くんだ!! ぼくは、ぼくの力で、あの絵を描くんだ」
浩平さんは、床に散らばった虫くい穴のある葉を拾うと、ていねいに厚い本の間にはさみました。それは、浩平さんにとって、ふしぎな葉っぱだったからです。


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