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シスター三木の創作童話

だれも知らないクリスマスの星

クリスマスの星

 “クリスマスの星”地上の世界では、だれもこの星を、そう呼んでいませんでした。それはただ、天上の世界でだけ知られ、呼ばれているだけでした。

 この星の役目は、クリスマスというのに、心を固くとざして、けっして人に自分をひらこうとしない、頑固でさびしいひとりぽっちの人を照らすことでした。12月24日、クリスマスイヴに、この星は、ゆっくり夕焼け空の雲間に姿をあらわしました。

 そんな夕暮れの中を、1人の男が、ジングルベルの歌が頭から降ってくるような街の中を、人ごみにもまれて歩いていました。男は、くたびれた背広を着ていました。そしてからだ全体に、人を寄せつけない頑なさときびしさがただよっていて、大勢の人の中にいながら、この男は深い孤独の中にしずみこんでいたのです。

 男は、公園のベンチにすわりました。そしてこの星を見たのです。
「大きな星だ。何という星だろう」
 男は、思い返していました。
「ああ、空を見るなんてしばらくぶりだなあ。会社を首になってもう半年になる。毎日、つらかったなあ。空なんていっぺんも見たことなかった」

クリスマスの街

 男は、足下になまあたたかいものを感じてびくっとしました。猫がいたのです。
 「なんだ猫か。逃げないところを見るとお前は飼い猫だな。お前も、追い出されたのか。よし、よし、腹がへってるんだろう」
 男は、上着のポケットをさぐりました。お昼のサンドイッチが1切れ、ボロボロの紙とともに出てきました。猫は、ゴロゴロとのどをならして、そのサンドイッチにかぶりつきました。食べ終わると、前足でていねいに顔をなで、男の足にすり寄って尻尾を巻きつけるようにして一まわりすると、濃くなった夕やみの中に消えていきました。からだをすりつけたのは、お礼のつもりだったのでしょう。 「猫ってかわいいもんだなあ」
と男はつぶやくと、ベンチから腰をあげました。

 しばらく行くと、男は1人の老人がやはり公園のベンチに寝ているのに気づきました。男は、その老人の姿に、ふるさとに残してきた父親を見るような気がしました。男は、老人の前に立ちどまると、ポケットから1枚の紙へいをとり出していいました。
「じいさん。家があるんだろ、家に帰りなよ。そんなところで寝てたら風邪ひくぜ。さあ、これで、何かあついものでも食ってあったまるといいよ。じいさん、今夜は、クリスマスイヴだぜ」

 男にゆり起こされた老人は、どうやら痴呆がひどいようでした。
「なに、クリスマス。おう、あんたがサンタクロースか。わしにプレゼントだって、ありがとうよ。ありがとうよ。サンキュー」
「なあ、じいさん。風邪ひかないうちに、家に帰るんだぜ」

 男は、老人のことが気になりながらも、これ以上、自分にはしてやれないことを思って、そこを去りました。男が老人にやった紙へいは、男にとって、最後のお金でした。あとは、ポケットの中に、小銭がいくらか、ジャラジャラいっているだけでした。しかし、ふしぎなことに、男は損をしたような気持ちになりませんでした。おやじに小遣いをやった時のような気がしていたのです。

クリスマスの星が輝く街

 「今夜は、ばかに陽気だ」
 男は、首のマフラーをはずし、丸めてポケットに押し込みました。

 男は、なつかしく思い出していました。遠い昔、幼稚園で祝ったクリスマスのことを。
「そうだ、あのとき、おれは、羊飼いになったっけ……」
 その時です。男の耳に、どこかで教会の鐘がなっているのが聞こえてきました。
「あっ、クリスマスのミサだな」
 男は、鐘が聞こえてきた方角に向かって足ばやに歩きはじめました。

 夕暮れ時に男が見た星は、男の頭上高くのぼって、男の行く先を照らし出していました。星は、ただ男を照らしているだけでした。けれど、男は、この星を見つけた時から、少しずつ、自分の心をひらいていったのでした。それは、自然にそうなっていったのです。男の心に光をともした星は、あけ方の空に、しずかに消えていきました。


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