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サンタ・マリアの御像はどこ? ~プチジャン司教の生涯~

『サンタ・マリアの御像はどこ?』表紙

  • 著者:谷 真介
  • 定価:本体1,000円+税
  • A6判 並製  640ページ
  • ISBN978-4-7896-0730-8  C0116



250年にわたるキリシタン迫害。その結果、宣教師も司祭も、ある者は追放され、ある者は殉教し、牧者のいない羊たちだけで、信仰を守り続けた長崎・浦上の信者たち。
 迫害の時代、息を潜めて信仰を守り抜いていた浦上の信者たちが、プチジャン司教に、自分たちの信仰を公にしたのです。そのきっかけの言葉が、本書のタイトルになっています。

 来年3月17日は、日本の奇跡と呼ばれている「信者発見」から150年に当たります。この日を中心に長崎の教会では荘厳な記念式典が行われる予定です。
 式典に参列できる人も、できない人も、この大きな記念日に備え、本書で、プチジャン司教の生涯を知るのもよい準備となると思われます。

 ベルナール・ダディ・プチジャンは1829年6月1日、フランス東部のブランジーという町で生まれました。10歳で生涯尊敬する師であるブロ神父に出会い、宣教師になる希望が芽生えたのです。

 1853年教区司祭として叙階したのですが、宣教師の夢を実現するため、パリ外国宣教会に入会することができました。入会から1年もたっていないある日、東アジアへの「緊急出発命令」が出され、困難の末、日本の外国人のための居留地・長崎の大浦天主堂建設責任者として長崎に赴任し、献堂式の1864年2月19日を迎えることができました。

 天主堂は「フランス寺」と呼ばれ、物珍しがられて、多くの長崎の人々が見物にやってきました。その中に浦上の信者たちがいました。こっそり、プチジャン神父に近づき、「サンタ・マリアの御像はどこ?」、と声をかけたのです。1865年3月17日のことでした。

 まだ、禁教令は解かれていない当時、こっそり夜訪ねてくる信者の世話をし、昼間は役人の目をさけながら、村に行き信者の世話をしました。
 1866年、司教に叙階され、第1バチカン公会議に出席し、その後、ヨーロッパ各地を巡り、日本の信者の苦境を訴え、祈りと資金援助を訴えました。

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