home>信仰の挑戦 … 女子パウロ会 各国創設記>オーストラリア

信仰の挑戦 … 女子パウロ会 各国創設記

INDEX



第19回 オーストラリアの創設
        アルベリオーネ神父とマエストラ・テクラとともに


オーストラリアにおける聖パウロ女子修道会創設のため、1955年5月13日、マニラからシドニー行きの飛行機にプリモ・マエストロ、プリマ・マエストラ、Sr.レデンタ・コッメンツッチ、Sr.ラウレンツィア・カサマッシマが乗っていました。8時間30分後に北オーストラリアのダーウィンという町に途中着陸しました。土曜日なので創設とその国のために、プリモ・マエストロはマリア様のミサをたてました。プリマ・マエストラと他の2人のシスターは香部屋係と侍者とアシスタントの役割をしました。

11時に再び出発し、7時間後シドニーに到着。シドニーは大きくて美しい町で、その時はすばらしい夜景が見られました。最初の夜は、オーストラリアの善きサマリア人会の修道院で泊まり、次の夜は、聖パウロ修道会の紹介でドミニコ会のシスターの修道院に行き、一か月間、客人として泊まりました。

次の月曜日の11時、プリモ・マエストロとプリマ・マエストラとシスター2人は、シドニーの大司教ジルロイ枢機卿を訪問しました。大司教様はイタリア語で話し、30分以上も歓迎してくださいました。父親の心をもって、わたしたちが始めようとしていたプロパガンダを快く承諾してくださいました。紹介状には、すぐに3組のシスターたちにプロパガンダをさせたいということが書いてありました。それについて大司教様はプリモ・マエストロと相談しました。「プロパガンダをしてください。あとで、どのようにするかを知らせてください」とおっしゃって、祝福を与えてくださいました。

5月18日は別れの日でした。創立者たち2人は帰国し、シスター2人はオーストラリアの地に残りました。

フィリピンから持ってきた英語で書かれている本を利用して、プロパガンダが始まりました。オーストラリアの通貨のレートが分からないので自由献金で本を配り始めました。最初に訪問した家はカトリックの家族で、好意的に迎えられたので勇気づけられました。しかし、この喜びはそんなに長く続きませんでした。オーストラリアでは、カトリック信者は少数で、一日に出会うカトリックの家族は、5、6件でした。

こうした中で借家を探しました。レデンプトール会の神父様たちは、半年間無料で家を提供してくださいました。7月2日、フィリピンから新しい本を持って3人のシスターが着きました。最初にもってきた本はすでになくなっていたので、本が届くのを待ちに待っていました。

シドニーは非常に寒く、フィリピンのシスターたちはどのようにしてその寒さを忍んだらよいか分かりませんでした。シスターたちは5人でしたが、ベッドには人々の好意によって寄せられた45枚もの毛布がありました。

フィリピンからシスターが到着する前晩に、修道院の前に車が止まり、2人の紳士がシスターたちのためにたくさんの毛布をもって降りてきました。「今度フィリピンから来られる新しいシスターのために毛布を持ってきました。ある修道院の院長様からのプレゼントです」。それは暖かそうな12枚の毛布でした。その日は土曜日で、贈り物は将来に向かうよいしるしだと思われました。

オーストラリア
     Sydney 1963


▲ページのトップへ