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自衛隊と戦争の直結

「あけぼの」2004年2月号より) 酒井 新二

ブッシュ政権の“大義”なき“先制攻撃”に始まったイラク戦争は“テロ集団”と化したサダム・フセインの残存勢力のゲリラ戦によって、泥沼化の様相を示してきた。感謝祭に際してブッシュ大統領は極秘のうちにバクダッドを訪問、国際空港内で僅か2時間半アメリカ軍将兵約600人と夕食を共にしそのまま直ちに帰国した。これはブッシュ大統領にとって現在とりうる最大限のパフォーマンスであるが、国際空港のアメリカ軍将兵が挙げた歓呼の声とは裏腹にイラク情勢のこの上ない厳しさを世界の人びとに印象づけた姿でもあった。

そして11月30日、恐れられていた日本人犠牲者が、自衛隊派遣にさきがけて発生してしまった。この2人の大使館員の死を政府はどう意義づけ、正当化し、その家族と国民にどう説明するのか。小泉首相はこのような状況の中でイラクの“複興支援”に自衛隊を派遣するというアメリカに対する約束を果たさなければならない立場に追い込まれている。


レイム・ダックの首相

総選挙後の小泉首相はいわば一種の“レイム・ダック”(不再任確実の大統領の状態)であり、首相にはもう党内抵抗勢力や野党に対して“解散”の武器を使うことはできず、年金問題・道路公団・郵政民営化など内政上の難問に加えて、ますます加わるイラク戦の重圧にどこまで耐えられるか。大使館員に続いて自衛隊に犠牲者が出た場合は、政権の保持さえ危うくなることも考えられるのである。早くも大使館員ないしは日本人の生命保護という任務が“複興支援”に加えられるべきだという声も聞かれるが、それこそ「自衛を理由に武力行使を容認」した過去の歴史の誤りを思い起こさせるのである。

日本がいかに「イラクの複興支援」と称しても、それは「アメリカ占領軍への支援」とされ、テロの対象となるのである。アメリカの“占領”を終わらせ、「イラク人の政府」に責任を任せない限り“テロの論理”は続くだろう。ブッシュ政権にそのことを悟らせるため全力を傾けることこそ小泉首相の本来の使命なのである。このイラクの事態は「イラク特措法」の「非戦闘地域」という概念がいかに無意味であり、非現実的なものであることを露呈するものだが、このような概念は「9.11」以降の一連の有事立法の違憲性を覆い隠すために作り出された「周辺事態」とか「武力攻撃事態」などと同様の詐術的法概念だといわなければならない。

小泉首相はこのような内政上の弱みを総選挙前から意識していて求心力の低下を補う手段として「憲法改正」問題を考えていた節がある。

「2年後の自民党改正案の公表」を突然公言したのがそれである。たしかに現在「親米保守派」「非(反)米保守派」「親米リベラル派」の全てを束ねるものは「憲法改正」しかないのである。自民党の大多数はもとより、野党第一党の民主党の多数も「憲法改正」に関するかぎり本質的差はない。2年前に設置された国会の「憲法調査会」の審議は、いわば「ベルトコンベア」に乗って“改正”へ向かって流れているといっていい状況である。しかし最後のかぎを握るのは「国民投票」における国民の意思であることを忘れてはならない。


改憲ムードの高まり

「憲法改正」に対する世論の動向は10年前の1993年ごろから明らかに変化を示した。NHKの1993年3月の調査では「改正」38%(前年35%)、「反改正」34%(前年42%)、東京新聞も「今の時代に合わない」53%「立派な憲法」23%(1993年5月)、読売新聞は「改正するほうがいい」50%「しないほうがいい」33%(1993年3月)というものであった。

読売新聞は1992年暮れに同社の「憲法問題調査会」の第一次提言を公表し、設極的な改憲キャンペーンをはじめた。産経新聞もこれに同調。これに対し朝日、毎日、東京、日経各誌は「国際貢献はするべきだが安易に憲法に手をつけるべきではない」との態度をとった。(その後日経は態度を変えた)このような改憲ムードの台頭は1991年の湾岸戦争で、日本の巨額の資金援助にもかかわらず、それがアメリカによって評価されず「各国が国連活動に参加する中で日本だけが憲法9条を楯に閉じこもることは許されない」とする政府・自民党の中の「国際貢献」論キャンペーンが大きく響いたとみられる。

冷戦終結によって一旦下火となっていた改憲論議は湾岸戦争を機に再び息を吹き返したのである。


護憲派知識人の危機感

この改憲派の攻勢に対し、護憲派は危機感をつのらせ、山口二朗(当時北大助教授)前田哲男(東京国際大教授)ら一部の護憲派知識人は1993年4月、雑誌「世界」に「平和基本法をつくろう」と言う提言を発表した。

その趣旨は「これ以上憲法と自衛隊・日米安保の間の矛盾を放置できない。最小限の防衛力を認めた上で現にある自衛隊を改組、縮小する」「憲法第9条の精神を活かすため『平和基本法』をつくり、解釈改憲の道を封ずる」というもので、「最小限の防衛力」を認めた上で、それを足がかりに態勢を立て直し、軍縮の方向に切り辺そうという戦略であった。

これに対し安江良介(当時岩波書店社長)はこのような護憲派の“改憲論”に危惧の念を表明した。「日本は冷戦時代に一方に組み込まれ主体性を放棄してきた。中国、朝鮮に対する“植民地支配”の清算は冷戦時代に、おざなりにされた。ポスト冷戦時代の憲法をめざすならまず冷戦の清算が先決だ」「憲法改正は単なる条文の問題ではなく、大きな政治の渦を背景にして出てくる問題だ。その方向を指し示さずに論議だけが先行するのは言論界にとって危険な兆候だろう」

安江は「護憲」に安住するのではなく、またただ現状を追認するのでもない。日本がこれからどう生きていくのか、真剣にまず「新たな国家像」を探ることが大切だというのである。新右翼の論者が将来の「国家デザイン」を求めているのと似ているが、後者はあくまで「ナショナリズム」「ネーション・ステート」の枠を守ろうとするのに対し、前者はそれを克服するところから始まるのである。

イラクへの自衛隊派遣は憲法改正問題にとって両刃の剣になってきた。国民は今、“自衛隊と戦争”直結していることをようやく肌で感じ始めたからである。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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