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「イラク派遣」は歴史的転機

「あけぼの」2004年3月号より) 酒井 新二

政府は2003年12月9日の臨時閣議で自衛隊の「イラク派遣基本計画」を決定し、12月26日先遣隊として航空自衛隊員約20人が成田空港から活動拠点のクウェート米空軍司令部があるカタールに向けて出発した。イラクにおける自衛隊員をねらったテロの可能性を秘めたその出発風景は、彼らが私服を着用し、民間機に乗り込んだことなど、すべてが異様な雰囲気に包まれていた。ここに今度の派遣の異常さ、違法性(違憲性)が象徴的に現れていた。国民の過半(53%)が反対する中での自衛隊派遣は小泉首相にとって、もはや引き返すことのできない切羽詰まった決断の結果であり、戦後最も重大な歴史の転機を成すものであった。


自民三長老の見解

後藤田正晴は12月20日のNHK特別番組「安全保障 討論・日本の進路を問う」の中で「今まで戦後60年いく度も転機になることがあったが、中でも今度の自衛隊派遣は歴史的転機になる重大な出来事だ。それだけに派遣は慎重の上にも慎重に。また知恵を出し、外交的努力と並行してやってもらわなければならない」と厳しく注文をつけた。これに対し中曽根康弘は「自衛隊はイラク国民の民生安定のために行くので、武力行使のために行くのではない。仏・独・ロなど主要国が派兵しないから日本も行かなくていいというものではない。しかしテロがあればこれに立ち向かう力を用意していくのは当然だ」と応じた。この論理は、自衛隊は武力行使を目的として行くのでなければ憲法(9条)違反にはならないという政府の憲法解釈に立つものである。

しかし宮沢喜一は「日本国憲法の条件は自衛隊は戦闘が行われない地域にしか行かれないのであって、いかに国会が法律(イラク特措法)を通し、首相がそうするつもりでも、結果として派遣が実現しなくてもやむを得ない」「我々はできることをすべてやる。しかし憲法の禁じることはできないと米国に分かってもらうしかない。『非戦闘地域』というような法律の定めは一種の頭の体操に過ぎない」と助言した。(12月2日「朝日」インタビュー、「文藝春秋」新年特別号論文)戦後の日本政治を熟知し体験してきた3人の自民党有力政治家の見解の、いずれが妥当かは明らかだろう。中曽根・小泉流の主張は一方では国の基本法である憲法を飴細工のように拡大解釈し、憲法と現実の乖離(かいり)を意識的に際限なく拡げることによって、もうこれ以上は憲法を現実に合わせるしかないと開き直っているのであり、他方現実の政治・外交面では占領時代以来の日米安保体制に固執し、ひたすら米国に依存することが日本の国益だとする主体性も、誇りもない“対米従属路線”を摂り続けているのである。


日米関係の転換を提言

前記のNHK番組で大江健三郎は中曽根や小泉の言う“国際協調”とは“日米強調”のことであり「国連を大事にするなら、国際協調は国連中心に考えるべきだ」と強調した。中曽根は「米国のやっていることは必ずしもすべていいとは限らない。もっと国連とよく話して、主要国(独・仏・ロなど)といっしょにやれるように米国が譲ること、またイラク人の政府を早くつくることを要求しているが、それを実現させるためにも日本は米国に協力してやったらいい」「もし米国がイラクで挫折したら、米国の北朝鮮に対する圧力が変化し、そうなれば拉致問題が解決できなくなる。そういう面を考えればこの際イラクで協力しておくのも一つのやり方だ」とも言っているのが、結局これは日本の国益論に終始するものである。


孤立しているのは米・日

今、国際的に孤立しているのはむしろ米国であり、同時にその米国に一体化している日本なのだという認識がほとんどない。ここに「ナショナリズム」の近視眼的欠陥がよく現れている。大江は「ブッシュが国連を無視する形で戦争を始め、その後始末が泥沼化している。このような状態で、日本が参加しなければ日米関係が損なわれるというなら、そのような日米関係は見直して、新たに国連を基盤とする日米関係を考えるいい機会だと思う」と端的に戦後の日米関係の転換を提言している。宮沢も前記のインタビューで「この2年間、ぼくが知っていた米国が違ってきているという感じが強い。非常に謙譲な国だった米国がネオコン(新保守主義)のような人たちが政治の表に出てきて権力主義的になってきた」と現在のブッシュ政権のやり方を批判している。


プレストウィッツの警告

レーガン政権の商務長官特別補佐官として日米貿易交渉に当たり、日本の経済・政治を厳しく批判し「日本異質論者(リビジョニスト)」の代表として有名なクライド・プレストウィッツ(現在、経済戦略研究所長)は12月3日のNHKとのインタビューで「自衛隊派遣はイラクの安定化に実質的に何の効果ももたらさない。派遣は純粋に象徴的なもの。米国は世界に向かって“有志連合”(Coalition The Will)の中に日本のような大国も入っていると言いたいのである」と言っている。同氏は最近の著『ならずもの国家アメリカ』(Rogue Nation:American Unilatnizm and the Failure of Good Intention)(講談社)の中でも戦後の日米関係の本質を鋭く分析している。「韓国の場合と同様ワシントンにとって重要だったのは、日本に民主主義を育てることではなく、基地の前方展開と地域安全保障の支配権を確保することだった」

「CIAや駐日大使館の幹部は1955年から1972年までの間自民党に資金を援助していた。しかも信じがたいことにCIAは日本の暴力団と協力してまで自民党権力を支えようとした」「米国は日米関係の本質を親と未熟な子どもの関係とみなしているが、これはどちらにとっても不健全である」と書いている。(同書第10章)

プレストウィッツは日本に対して、米国に真に必要な友人、即ちあなたの政策は最善ではないかもしれないと助言してくれる国になれ。米国の同盟国になっても、“従属国”になり下がるのではいけないと警告しているのである。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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