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“復興支援”の美名に隠れて

「あけぼの」2004年4月号より) 酒井 新二


斎藤隆夫の反戦演説

陸海空三自衛隊が次々とイラクに派遣され、隊長が「日本を代表して行って参ります」などと挨拶し、隊伍を組んで行進する姿などがテレビで放映されると、日本の世論は見る間に軟化して賛否相半ばするという状況である。日本人の“世論”は極めて情緒的で、論理的思考に立つことが少ない。戦前・戦中の軍国主義時代、政府・軍部の皇国主義的スローガンに対して“思考停止”して戦争自体の理非曲直を問うことがなかった。

それでも昭和15年(1940年)2月2日、第75帝国議会で斎藤隆夫が民政党を代表して行った有名な“反軍質問”のような大言論があった。泥沼化した“日支事変”(日中戦争)を前に斎藤は「この現実を無視して、ただいたずらに聖戦の美名に隠れて、国民的犠牲を閑却し、曰(いわ)く国際正義、曰く道義外交、曰く共存共栄、曰く世界の平和、かくのごとき雲をつかむような文字を並べ立てて、千載一遇の機会を逸し、国家百年の大計を誤るようなことがありましたならば、これは現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすことはできない」

この斎藤の決死の言葉も、結局、軍とそれに同調する保守派によって“議員除名”処分となった。その除名運動の先頭に立ったのは小泉首相の祖父、小泉又次郎であった。


丸山真男の指摘

今、後藤田正晴氏や野中広務氏が言うように、このような戦争時代苦い経験がくり返されようとしている。これは戦争の教訓を十分に伝えなかった戦後の教育的、政治的誤りの結果である。丸山真男が1946年の「超国家主義の論理と心理」の中で指摘したように、日本国民を戦争に駆り立てた「イデオロギー」は「概念的組織をもたず“八鉱為宇(ハッコウイウ)”〔世界を家とする〕とか“天業恢弘(カイコウ)”〔天の業(ワザ)を世界に弘める〕とかいった、いわば叫喚的なスローガンの形で現れているために、真面目に取り上げるに値しないように考えられる」

しかし「それがイデオロギーとして強力でないということではない。それは今日までわが国民の上に十重二十重の見えざる網を打ちかけていたし、現在もなお国民はその呪縛から完全に解き放たれてはいないのである」。

このことは1946年当時だけではなく、2004年の今も同じだと言わなければならない。「国民の政治意識の今日見られる如き低さを規定したものは決して単なる外部的な権力組織だけでない。そうした機構に浸透して、国民の心的傾向なり行動力なりを一定の溝に流し込む心理的な強制力が問題なのである」(同論文)

小泉首相の“短文的表現方法”はまさに戦時の戦争指導に用いられたスローガン政治、ポピュリズム政治に相似している。

「自衛隊」の存在は「第9条」の枠を最大限広げても「専守防衛」の線を守ることがぎりぎりであり、「イラク派遣」はその枠を超える違憲性を持ち、自衛隊員に“契約違反”を強いるものである。「イラク派遣」はいかに“志願制”をとっても「自衛隊」を「軍隊」にするための“段階操作”であり、既成事実をいかに積み上げても“派遣”の違法性、違憲性を消すことはできない。これを否定することは法治国家を否定することである。


相次ぐ証言

最近になってイラク戦争の不正、国際法違反を裏づける証言が相次いでいる。

ポール・オニール米前財務長官は著書や米メディアのインタビューで「ブッシュ政権は発足直後からイラク攻撃を検討し始めていた。最初からイラク戦争の目的はフセイン政権の打倒であった」と内幕を暴露した。武力で他国の政権交替をはかることは国際法違反であり、イラク戦争の正当性が根本から問われるものである。米政府の大量破壊兵器調査団長デビット・ケイ氏は「湾岸戦争終了時には備蓄されていたが、国連の査察とイラクの自主的措置で廃棄されていたと思う」と明言した。1991~1998年にわたって国連主任査察官として探査、破壊に従事したスコット・リッター氏は2003年2月、次のように語った。「米政府の基本政策はイラクの武装解除ではなく、サダム・フセインの抹殺であった。イラクが武装解除すれば経済制裁を解除しなければならならず、サダム・フセインは国際社会に復帰することになるからである」

ブリックス前国連査察検証委員長も2004年2月「査察があと数か月続けられていれば戦争はなくてすんだかもしれない」と語っている。

このような相次ぐ証言にブツシュ政権は超党派の調査委員会を設けざるをえなくなった。イラク戦争開始の理由となった「大量破壊兵器疑惑」は、CIAなど米調査機関の“情報”に基づくものだが、その情報自体が今となって、その真実性が疑われているのである。ブレア英首相も“イラク脅威”を誇張するため“情報操作”したという疑惑が深まり長い間、窮地に立たされた。英政府の「報告書」によって[BBC」の報道が不正確だったとして、その謝罪を要求して、ようやく一件落着させたが、ブレア首相に対する不信はいぜん解消していない。

いずれにしてもイラク攻撃は国際法違反であると世界の多数の識者は視ており、この“違法戦争”を早くから支持し、自衛隊派遣に踏み切った小泉政権の態度は“復興支援”を名目とした“対米支援”であるというのが国際的常識である。


エマニュエル・トッドの予言

前号で紹介したクライド・プレストウィッツ氏(レーガン政権・商務長官)は、「米国は日本を完全な主権国家とはみていない。いうならば米国の従属国のようにみている」とまで言っている。

また『帝国以後』というベストセラーを書いて世界的に注目されているフランスのエマニュエル・トッド氏は、「米国はよく“帝国”と言われるが、現実には今その力は消滅へと向かっている。米国こそが世界を不安定にしているという認識がヨーロッパでは広がり始めている。世界が望まない戦争を起こし混乱を生み出しているのが米国である。経済的詰まりを軍事力で解決する姿勢は、1970年代のソビエトとよく似ている。

イラク戦争もブッシュ政権が武力行使を望んだことから始まった。米国のねらいは湾岸戦争の再現で、大量破壊兵器は初めからなかった。今注目すべきはEUであり、その中核は仏、独協調であり、それが“新しいヨーロッパ”なのだ。独が米国から自立したことは数年来の最も重要な出来事の一つだ。今米国は恐らく次の戦争を探している。それは狂気としか言いようがない。日本が米国を唯一の同盟国とし、その力を頼りにすることは、今後米国が巻き込まれる戦争に日本も引きずり込まれることを意味する」(1.16 NHKインタビュー)この驚くべき予言を、日本人は真剣に考えるときである。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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