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人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません –使徒言行録第5章

「あけぼの」2004年7月号より) 新谷のり子


たくさんの「変」

八重桜の花びらが薫風に舞う日の午後、鎌倉・雪の下教会のキリスト教セミナーで共に学んだ若者たちが我が家を訪ねてくれました。この御復活祭に受洗したメンバーを共に祝い、ひとしきり近況を報告しあった後、ゲームが始まりました。「質問」を出しあって、それについ答えあう。自分を見つめ、何か言葉を発しなくてはいけないので、啓発効果のあるスリリングなゲームです。

さっそく「質問」が始まりました。「今、変だなと思うこと」

Tさんが答えます。「イラクで人質となった人々に対するバッシング。『自己責任』とか、『金』とかに問題をすり替えていると思う。自国民が海外に行って何かあったとき、救うのは当たり前で、それができない国って哀しいと思う」答えは国際社会へと拡がっていきました。

大学の卒業旅行でイギリスを旅していたHさんは、「日本のマスコミが変。イギリスのテレビでは、討論型の番組が多かったけれど、日本は洗脳型だと思うの」

2003年3月20日、米英軍によるイラク侵攻が開始されました。それを全面支持するという日本政府の決定のもと、国会での論議も、国民の反戦の意志をも軽視し、憲法に抵触する可能性があるにもかかわらず、「テロとの戦い、人道支援、国際貢献」の美名のもとに自衛隊が戦場へと派遣されました。なぜテロが生まれるのか? テロリストと呼ばれる命を抹殺しても、その背景が是正されない限り、無数のテロリストを誕生させてしまうのではないか?

そもそも「9.11同時多発テロ」そして「アフガン戦争」「イラク戦争」とは……数々の「変」に十分な検証もないまま、幾多の「人生」が少数の人間の手によって翻弄(ほんろう)されていきます。

政治の怖さ、国家の持つ非情さ、外交という名の権謀術策……どなたかが言っていた

法治国家であるはずなのに、の言葉が胸をふさぐ日々が続いていました。

4月8日、3人の日本人がファルージャ近郊で人質となったというニュースが飛び込んできました。その中の一人の女性は、この戦争でバグダッドが陥落して以来、路上で暮らす子どもたちのために働いていたボランティア活動家。彼女が拉致されたことを知った子どもたちが、「ナホコの代わりにボクをつかまえて」と話したことで、彼女の献身的な活動が理解できました。「インドでマザー・テレサを知り、感銘を受けました。私も30代はボランテイア活動をしようと、そのとき決心したのです」。映像を通してきっぱり語る彼女の輝き、一人で歩き出した勇気に圧倒され、無事に子どもたちのところに帰る日を、と祈り続けておりました。

しかし、4月15日解放後、帰国した彼女の姿は、震え、怯(おび)え、うなだれているように見えました。「美しい魂」が理解できないこの国の不寛容さに、深い憐れみと失望の涙なのだと思わずにいられませんでした。


私たちに問われる責任

私にも、彼女に共感できるささやかな体験がありました。2002年2月、「NGO日本パレスチナ医療協会」視察団の一員として10年ぶりにイスラエル、パレスチナの地を踏んだときのことです。その期間中にも圧倒的な軍事力を誇るイスラエル軍のパレスチナ自治区への侵攻があり、それに対抗するパレスチナの若者たちの「自爆爆弾」という暴力の応酬が続いておりました。

そのような中、当時のイスラエル外相シモン・ペレス氏のお話しを伺うチャンスがありました。「パレスチナとは良き隣人となりたい。善き隣人は、良き兵器よりもずっと素晴らしい。パレスチナ人の苦しみは心から理解している。嫌われることも、貧しさも……」苦悩に満ちた言葉でした。

翌日、ラマーラの大統領府でアラファト議長にお目にかかりました。「今、何が必要ですか?」私たちの代表の質問にアラファト氏は答えました。「何も要りません。何もないのですから。ただ、この時に危険を冒して共にここにいてくれること。これだけで充分です。そして、私たちがここに生きていることを人々に伝えてください。できれば、国際監視団を組織して現状を見て欲しい。我々が強いられている屈辱を共に感じて欲しい」。私の心に両者の言葉が哀しく響きました。

イスラエルが永い歴史の中で抱えてきた恐怖と憎悪と疲労、そして何よりもパレスチナが置かれている現実、人間の尊厳が剥奪(はくだつ)されている現実……。

帰国当日の未明、ラマーラの検問所がイスラエル軍により全て封鎖されてしまいました。防弾者で迎えに来てくれた日本大使館の方の優しく諭(さと)す言葉–––「このようなときに、ここまで来るのは無謀です。気持ちは分かりますが、迎えに来る私にも家族がいることを理解してください」を受け止めながら待ちを脱出しました。しかし、その言葉の重さよりも、私の心を支配していたのは、銃を突きつけるイスラエル兵の前で不安の瞳を伏せていた人々、そこでしか生きられない人々を置き去りしてきたという罪の意識でした。「できることなら、出逢った人々と共に居たい」。後ろ髪を引かれる思いで帰国の途についたものでした。

私でさえこのような思いなのですから、「ナホコ」を待っている子どもたちを思う彼女の心中は察して余りあります。独りよがりかもしれない。偽善かもしれない。しかし、『頭を冷やせ」と一喝した偽善者には、ハダを触れあった者同士の国境を越えた魂の交流が理解できない。いや、理解できても、認める立場はとれないのだろうと思うのです。

日本人人質が解放されたことについて、アメリカ国務省のパウエル長官はJNNのインタビューでこう答えたそうです。「危険を知りながら良い目的のためにイラクに入る市民のいることを日本人は誇りに思うべきだ。人質になったとしても、危険を冒したあなたがたの過ちだ、などと言うべきではない」と。

人々の善意が報われる国であるための努力を真剣にしていただろうか?

『自己責任」は、この国に暮らす私たち一人ひとりに問われているのでは、と思うのです。


著者紹介:
新谷のり子(しんたに のりこ)
「フランシーヌの場合」でデビュー。「人権学習」の講師ほか独自のコンサートで活躍中。著書『フランシーヌはたち』、アルバム「祈り」「うたたち」ほか。

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