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“戦争なき地域”の拡大 –“大欧州”誕生の歴史的意義–

「あけぼの」2004年8月号より) 酒井 新二


欧州連合(EU)は5月1日より加盟国15か国から一挙に25か国に拡大した。人口4億5千万人、米国の1.6倍、GDP(国民総生産)は日本の2倍、米国に迫る巨大なパワーである。いわゆる“大欧州”の誕生。旧共産諸国10か国を取り込み“大欧州”はロシアと国境を接することとなった。このことは戦後のヨーロッパの歴史においてまさに画期的なことである。しかしより本質的なことは この地球上に“戦争のない地域”が厳然と拡大しつつあるという事実であろう。


“古き欧州”の新しい理念

イラク問題をめぐり国連安保理が紛糾し米国と仏・独が正面から対立したとき、ラムズフェルド米国防長官は仏・独などを“古き欧州”と非難した。しかしこの言葉が、いかに現在欧州で起きている歴史的変革の本質をとらえていないものであるか、が当時から批判された。その後、英・日とともに米国支持の中心勢力とされたスペインが大列車テロを契機に、反イラク戦の世論を反映した新政権の樹立によって米・英陣営から離れ、ポーランドなど東欧諸国も米国寄りから“大欧州”側に姿勢を変えたことを見れば、“ラムズフェルド発言”の底の浅さが理解されるのである。

この米国と“大欧州”との対立は単に当面のイラクをめぐるそれぞれの国益に基づくものというよりは、安全保障に関する理念、哲学の双方の違いによるものであることを理解する必要がある。欧州は2度の大戦から、今後再び欧州で戦争を起こしてはならないという教訓を学んだが、米国はそこから戦争に勝つことが最大の国益だということしか学ばなかった。

米国はこの“戦後戦略”に基づいて冷戦(朝鮮戦争)、ベトナム戦争、アフガン戦争そしてイラク戦争を強行してきた。この米国の“戦後戦略”は、自らの国益を守ることを最優先し、そのためには現在の国際法(国連憲章)も無視することも辞さない。そして唯一の軍事的超大国として、核を背景とするあらゆるIT兵器を動員し、それが“アメリカの正義”実現のための手段と称してはばからない。この軍事的一国主義を象徴するものが“先制攻撃戦略”であり、イラク戦争でそれを実行してみせたのである。


シューマンとモネ

これに対する欧州の国際政治へのアプローチは多国間強調主義であり、“交渉と妥協”の積み重ねによって、非軍事的に問題を解決しようとするものである。1952年、長年宿敵関係にあった仏・独が中心になって「欧州石炭鉄鋼共同体」(ECSC)を発足させ、基幹産業の共同管理と市場統合によって、19世紀以来の仏・独の戦争の根を断ち、欧州の平和を恒久化する第一歩を踏み出した。この大戦後の欧州の大地殻変動をもたらしたものが、1950年5月9日に行われた仏のロベール・シューマンの「欧州の歴史を変える演説」であり、「欧州の父」といわれたいわゆる「モネ・プラン」の産みの親、ジャン・モネの欧州総合ビジョンであった。

橘木俊昭(たちばなき としあき)京大教授が指摘するように、現在の米国は「最強の資本主義国家として競争礼賛が経済の繁栄をもたらしたが、所得分配の不平等化も進行した。貧富の格差はやむをえないし、福祉も充実する必要なしと判断している。一時期は貧困になっても次の時期に頑張れば良いという気概すらアメリカ人にはある」。これに対し「ヨーロッパでは社会民主主義思想が国民に受け入れられる場合が多いこともあって、所得分配は不平等になりすぎない方がよいと判断され、しかも多くの国が“大きな政府”の福祉国家を選択した」。(5月10日朝日夕刊「思潮」)

戦後の日本は米占領政策と日米安保条約によって決定的に米国型の政治、経済、軍事政策を選択することになった。米国と日本とは政治、社会、経済、地政学的条件において根本的違いがあるにもかかわらず、ひたすら米国流の「競争主義、市場原理主義、小さな政府、規制緩和の積極的推進」など、いわゆるサッチャー・レーガン式新保守主義をよしとする政策が追求されてきた。今、貧富の格差は拡大するばかりであり「福祉は家族と企業にまかせて、公共部門の社会保障への関与は最低に抑えて、世界に冠たる非福祉国家の典型として、日米は共通の特色をもったのである」(前記橘木論文)米国的一国主義のもう一つのコピーとして現在のイスラエル保守派の行動を見逃すわけにはいかない。国際法を無視し普遍的人道主義を無視する姿は、“国際テロ”とともに許すことはできない。


注目すべき欧州型

EUは軍事同盟ではない。欧州の安全保障は冷戦以来米国を中心とするNATO(北大西洋条約機構)が担ってきたし、今もそうである。この“大欧州”の二重構造の解消もこれからの重大な課題である。現にEUにはEU独自の安全保障体制構想が台頭しつつあり、米国はそれに神経を尖(とが)らせている。また旧東欧諸国の参加によって“大欧州”の東西格差問題、更に米国と緊密な同盟関係にある英国と大陸諸国との調整など問題は山積している。しかし新しい“大欧州”の知恵は“非戦”の原則を貫きつつ、これらの諸問題をねばり強く解決していくだろう。EU統合(大欧州)の壮大な実検を東南アジア諸国連合(ASEAN)もアフリカ連合(AU)も真剣に見守っている。

現在“大欧州”は、加盟諸国の枠組みを超えるEU憲法の制定という難問に取り組んでいる。EU憲法の理念は、現在日本の保守派がめざす日本国憲法改正論とまさに対照的次元に立つものである。旧来の“日米同盟体制”観や“近代国民国家”観を金科玉条としている現代日本のナショナリズム論者も、そして一般国民も、もっと現在の“大欧州”のモデルに真剣な眼を向けるべきときにきているのではないか。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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