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「改正」の賛否のみを問う不思議

「あけぼの」2004年10月号より) 酒井 新二


またも「アーミテージ発言」

アーミテージ米国務副長官は7月21日、中川秀直自民党国対委員長らと国務省で会談した際「国連安保理常任理事国は、国際的利益のために軍事力を展開しなければならない役割も大きい。それができないなら常任理入りは難しい」と述べた。

6月の小泉・ブッシュ会談では「日本は常任理事国になるべきだ」と条件なしに支持を表明したばかりであり、日本政府はこの「アーミテージ発言」には戸惑いを隠せなかった。アーミテージ副長官はブッシュ政権入り前の2000年に彼が中心となってまとめた“超党派の対日政策”、いわゆる「アーミテージ報告」でも「集団的自衛権の禁止は日米同盟協力にとって制約となっている」と述べており、こんどの発言もその延長線上にあることは明らかだ。

 同氏は今までにも日米の軍事的協力の推進について「旗色を鮮明にせよ」(Show the flag)と海上自衛隊のインド洋派遣を煽(あお)ったり、「軍靴を地上に(Boots on the ground)と陸上の自衛隊の出動を促すような内政干渉的発言を頻発する人物として注目されてきた。しかし今度の発言は“憲法改正”問題という現在日本における最も重要な内政問題に直接触れるものであり、国務省副長官という立場にある人物の発言としては極めて軽率の謗りを免れない。国務省のバウチャー報道官は直ちに22日の記者会見で「米国の見解は変わっていない」と述べて従来の米国の公式態度と辻つまを合わせたが「アーミテージ発言」が米国の本音であり、日本の内外に根強い「対米従属論」に油を注ぐものであることは否定できない。


「親米保守」と「反米保守」

現在日本の論壇ではイラク戦争の賛否をめぐって、いわゆる「親米保守」派と「反米保守」派の間で激しい論争が展開されている。「反米保守」の代表的論客西部邁氏は「イラク戦争は明らかに侵略だ。日本がこれまでの歴史から学んだのは巨大な武器で弱小国を侵略する愚劣・野蛮なことはしてはならないということだ」「大量破壊兵器の保有もフセインと国際テロ組織との密接な連携についてもいまだに証拠を出せていない」「私は差し迫った脅威に対しては『予防的先制攻撃』を認めるが、今回のイラク攻撃は『覇権的先制攻撃』即ち『侵略』だ」と断じている。(3月19日「週間金曜日」)

今回の「アーミテージ発言」は参院選の結果、自民党主導の改憲論議が失速したこと、公明党、創価学会内の第9条慎重論がいぜん強いなどという情勢から、中川氏が改憲論議を再燃させる意図をもって仕掛けたものであることをうかがわせるが、これこそ西部氏や松本健一氏らが指摘する「親米保守」派の“国益”を忘れた“私利・私益”根性を露呈したものといわねばならない。


河野衆院議長の指摘

河野洋平衆院議長は、7月21日都内の講演で、政界の憲法改正論議について現憲法そのものをないがしろにしている。『変えるのだ』が先に来て『どう変えるのか』が後になっている」「米国に押しつけられた憲法だからだめだといいながら、変えようとするポイントは『米国とうまく共同して仕事できるように』という。これは腑に落ちないことだ」と述べた。この点について長谷部恭男東大教授(憲法学)も疑問を提起している。

「毎年、憲法記念日頃になると『改正に賛成か反対か』という世論調査が行われ、賛成が何割に達したという記事が新聞の一面を飾ることもある。この質問は不思議である」(5月6日朝日夕刊・文化欄)という。要するに法律の改正の中身を示さず“改正”の賛否だけを問うことは無意味であり、それへの答えが何割かということもまた意味がないというのである。

私も以前からこのことを主張してきた。このような世論調査の設問は戦後マスメディアの大きな誤りといわねばならない。長谷部教授は「プライバシー」は現在でも憲法13条や私法上の人格権の解釈を通じて保護され、『環境保護』も憲法でうたっただけでは何の効果もない」「問題はやはり第9条なのか。しかし第9条の変更がなぜ必要なのだろうか。自衛隊の存在はすでに内閣法制局の有権解釈や法制度を通じて公に認められている。」「いま以上に自衛隊の装備や行動範囲を拡大することは、国民の安全や日本の将来にとって利益になるだろうか。」5月1日の「朝日」の世論調査では、「改正が必要」が初めて5割を越した(53%)ことが強調されたが、同時に「9条改正反対」もいぜん60%だった。長谷部氏が言うように、この両数字にどういう論理の脈絡があるというのだろうか。


「聖戦論」と戦争の「違法化」

一神教には、本来「正戦論」が根強く存在する。特に現在の中東情勢の中ではイスラムの“聖戦”思想が目立つが、米国のプロテスタントの一派「エバンジェリカン」の正戦論もそれに劣らず激しいものである。まさに“ブッシュの戦争”の中核をなす存在であり、政治的主戦派「ネオコン」(新保守主義者)と連携してブッシュ大統領とイラク戦争を強力に支えている。

カトリックにも、アウグスチヌス以来の伝統的正戦論の神学があることは周知のことである。しかし、パレスチナ問題についてもイラク戦争についても、ヨハネ・パウロ2世の態度は強い反戦で貫かれており、それは教皇の「広島アピール」においても同様であった。そこにはもはや「正戦論」の影は見られないといっていい。しかしカトリック教会の「正戦論」は、原理的に否定されたとはいえない。

冷戦後の国際社会は米国の軍事的一極体制となり、米国は自らの正義の普遍性を主張し、米国が“悪い国”とレッテルを張れば、それへの“先制攻撃”は慾意的に実行できるという状況が生まれている。このような事態は極めて危険である。米国の現代版正戦論を是正する道は、“戦争の違法化”即ち、戦争もテロも独裁政治も“国際的犯罪”として国際機構(国連、国際司法裁、国際刑事裁)による国際的協力によって解決するという本来の意味の“集団安全保障”しかない。

今、東アジアで急速に台頭している地域統合への歩みは、それへの一歩として把えねばならない。しかもそれが中国主導で推進されていることを、「親米保守」も「反米保守」も肝(きも)に銘すべきであろう。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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