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“軍の論理”の横行

「あけぼの」2004年12月号より) 酒井 新二


最近3つの注目すべき発言があった。ひとつは次の通りである。


御厨教授の発言

「いままで後ろに控えていた自衛隊が、どんどん前面に出てこようとしている。憲法改正論義の如何にかかわらず、今後も自衛隊はますます目につく存在となるだろう。日本は戦前の軍部専横の教訓を過剰に学んだために、戦後は自衛隊をずっと封じ込めてきた。その結果、軍部と対峙できる政治家がいなくなってしまった。防衛大出身の純粋培養の人間ですべての役職が占められている。彼らの軍隊が政治に対してものを言うようになったときの怖さが、日本ではぜんぜん認識されていない。これは戦後の平和主義が陥った罠(わな)と言っていいだろう。自衛隊の人はまじめに考えていると思うが、まじめに考えれば考えるほど軍国主義化しやすいという側面がある。軍事力については外の脅威に対してだけではなく、内にある脅威になる点をも考えなければならない」

これは加藤紘一元自民党幹事長との対談における御厨貴(みくりやたかし)東大教授の発言である。(月刊「現代」9月号)これは最近の日本の政界におけるある種の風潮---戦争経験もなく、戦前・戦中の軍国主義の歴史を厳しく学んでこなかった、2世・3世政治家の脆弱(ぜいじゃく)さと思想的鍛錬の不足ーーに対する警醒(けいせい)と言える。

戦前は"天皇"という絶対的権力が存在していたにもかかわらず、いわゆる"青年将校"を中心とする"軍部の革新勢力"によって、5.15事件、2.26事件という軍部クーデターが起きた。現在の民主主義体制の下では"文民統制(シビリアンコントロール)"という原則があるが、最近の状況を見ると防衛庁内部で"制服組"の発言力を強めようとする動きが顕在化し、防衛庁長官もこれを支持するかのような発言がある。これは単に役所内部の組織問題ではなく、御厨氏が指摘するように"軍の論理"が政治・政界をリードしようとするところに問題がある。この現象の背後には80年代以降、米政府内の高官や超党派的軍事戦略家グループの日本の外交・防衛問題に関する内政干渉的発言や圧力が日常化していることを見逃せない。いわゆる「ナイ(元国防次官補)報告」(1995年2月)や「アーミテージ(現国務次官)報告」(2000年10月)などはその主要な例である。最近も訪米した中川秀直元官房長官に対して、アーミテージ国務次官が「憲法第9条は日米同盟の妨げである。軍事的役割を果たせなければ国連常任理事国入りは難しい」など発言し、中川氏もそれを特に異としない態度を取っている。

一国の憲法問題に対するこのような米政府高官の態度は国際常識を逸脱する暴言であるのに、日本の政界ではさほどの反響を呼ばない。これは日米安保体制における日米国防族の一体化が常態化していることの表れである。

小泉首相はいち早く米国のイラク先制攻撃を支持した。このとき防衛庁情報部の報告書は「イラクが大量破壊兵器を保有している明確な証拠はない」としていたのに対し、情報本部上層部は「米国がイラクの疑惑をアピールしているときにこの結論は何だ」と怒り、首相も「米国の行動を支持すると言える材料をできる限り持ってきてくれ」と「はじめに支持ありき」という態度だったという。(9月25日朝日朝刊)ここには国民への"説明責任"を第一に考える民主政府の姿勢は全く感じられない。


“米軍再編”と“極東条項”

最近テレビに度々登場し、常に防衛当局の代弁者的役割を果たしている森本敏拓大教授(元防衛庁OB)は、最近のテレビで ”米軍再編”問題に関連し「日本の基地が米軍の地球的戦略の根拠地となるのは日米安保第6条の極東条項に反するのではないか」との質問に対し、「米軍の考え方は同盟条約に基づけば米軍がどこへ行くことを制限するのはなじまないのではないか。第6条は日本の国内政治上の説明であって、米軍はグローバルに使えると考えていると思う」などと言っている。(8月29日「テレビ朝日」)」

森本氏はかって防衛庁広報誌に「そもそも超法規的な存在である軍の行動の一つひとつを法で規定しようということに無理がある」(「セキュリタリアン」誌2002年1月号)と書いて問題となったことがあるが、このような発想こそ“軍の論理”の典型と言うべきだろう。


リビア外相の発言

もうひとつはリビアのシャルガム外相の次の発言である。「リビアの核兵器開発計画においてウランに関するすべての物や技術は闇市場で入手した。冷戦時に核保有を検討したが、7年前から『保有』か『破棄』かの議論を始めた。その決果、大量破壊兵器を持たないほうが国家にとってより安全との結論に達した。ベトナム戦争で米軍は結局核を使用できなかったし、アフガニスタンは核兵器を持つソ連軍を追い返した。これが現実だ。核廃棄はイラク戦争の成果だと米国は主張するが、関係ない。検討はずっと以前から始まっていた。日本も核を作る技術は持っている。重要なのは政治的意思・決断だ」(9月21日、ニューヨークで朝日新聞記者の単独会見)

世界の核問題の現実はこの発言の通りであろう。パキスタンの“核開発の父”であるカーン博士が築いた「核の闇のネットワーク」からの入手が可能であり、北朝鮮もイランもそれに関連していると言われている。「核不拡散条約」(NPT)は事実上しりぬけなのである。このような兵器の闇市場が形成されるそもそもの源は国際的“軍産複合体”(兵器ブローカー)の存在であり、その中核はほかならぬ米国の中にある。


キッシンジャー論文

キッシンジャー元米国務長官は7月9日付けのワシントン・ポスト紙に寄せた「流動する世界情勢」と題する論文の中で「北東アジアで最も複雑な変遷が日本で起きている」と指摘、日本は(1)対米同盟の継続(2)中国とのなんらかのパートナーシツプを伴うEU型のアジア政治連帯(3)国益追求を最大目標とする非同盟への志向──のどれかを目指すだろうと予測している。また同氏は「北朝鮮の核武装が北京での“六者協議”で、ある程度認められるとなれば、日本は自国の核武装をも考慮するようになるだろう」と結論づけたが、これも今米国内保守派の中にある“日本核武装論”の一つである。我々はこれら3つの発言を熟読玩味(じゅくどくがんみ)する必要があるだろう。


著者紹介:
酒井 新二(さかい しんじ)
共同通信社社長を経て同社顧問。1986年、フランス国家功労勲章オフィシエ章受章。著書『カトリシズムと現代』『カトリックが拓く日本の道』『日本の進路・キリスト者の選択』ほか

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